COUNTDOWN (1)

|2010/9/5(日曜日)-01:01| カテゴリー: ファンフィクなど
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 既に公開済みのフィクですが、blogに出した方が読んでもらいやすいというアドバイスをいただいたので、連載形式で出してみます。昨年のクリスマスフィクとして作ったものです。忍者隊結成前の話なので諸君は登場しません。時期的には、南部博士がISOに来た直後で、アンダーソンもまだ長官ではなく副長官をやっているという設定です。

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COUNTDOWN    裕川涼

●PHASE 1 プロローグ

「おい、南部、本当にいいのか?相手は特殊部隊の格闘技の教官だぞ」
 鷲尾健太郎が、南部考三郎の肩を叩いた。南部は、キャスター付きのラックに入れて運び込んだ装置を、延長コードにつないで、手早くスイッチを入れた。ラックの中では、オシロスコープや発振器と一緒に、基盤を何枚も挿したコンピューターらしき部品が剥き出しになっていた。
「かまわないさ。それくらいでないとテストにならん」
「勝つつもりでいるのか」
「まさか」
 南部は、大型のダイバーウォッチよりもさらに一回り大きな部品を、左手首にベルトで固定した。白衣を脱ぎ捨てる。黒いシャツと黒いズボンを身に付けた、細身の体が現れた。ラックのコネクターと左手首の装置のコネクターを細い同軸ケーブルで繋いだ。
「そりゃ一体何だ?さっきのとは違うのか?」
 黒いシャツの裾からテープ状の極細のケーブルが束になって伸び、小さな箱につながっていた。箱はクリップでベルトに差し込まれていた。ケーブルの先端は各種のセンサーになっている。そのセンサーを南部の全身に貼り付ける作業を、ここに来る前に、鷲尾は一時間以上にわたって手伝った。
「空軍勤務の俺に、国際科学技術庁《ISO》ISOの研究に手を貸せってオーダーが降ってきたから、何事かと思って来てみたら、セコンドをやれとはな。プロ中のプロを相手にどうするつもりなんだ?」
「見てりゃわかる。これを持っていてくれ」
 南部は、眼鏡を外して鷲尾に手渡した。
「動くものを見るときには却って邪魔だし、バイザー越しでも無い方が安全だ。始めるぞ」
 南部は、いかにも手作りの基盤が刺さったケースのボタンを押した。瞬間、全身が光に包まれた。光が消えた時、南部の体は、全身黒色のボディスーツに覆われていた。膝上まであるブーツに手袋、ヘルメットに顔の半ばまで覆う透明なバイザー、膝上まで届くマント。
「バットマンの仮装のつもりか、それは?ISOってのは妙なものを作るな……」
 胴体と両手両足にプロテクターをつけ、ヘッドギアをかぶった格闘技の教官が素っ頓狂な声を上げた。
「デザインまで手が回っていないんだ。調整次第で色も形もある程度は変更できそうなんだが」
「一体どういう仕組みだ?」
「機密に関わるから詳しいことまでは言えないが、ブレスレットの高周波に反応してこのスーツに形を変える材料を開発した。防御の性能が高いのと、人間の運動能力をある程度サポートする機能があるから、うまくいけば、将来は軍でも使えるかもしれない。今はまだ、個人ごとにかなり調整しないと使えないので、量産できないんだが……」
「軍に持ってくる時は、もうちょっとマシなデザインにしてもらいたいな、南部博士」
「考えておくよ」
「おい、南部、ちょっと待て」
 鷲尾は、格闘技の教官が広げた荷物の中から小さなビニール袋を取り出した。借りるぞ、と教官に向かって目で合図する。封を切って、透明なゴム状のマウスガードを取り出し、ドライヤーを取り出して加熱した。
「口を開けろ、南部。柔らかくなっているうちにしっかり噛んでおけ」
 ヘルメットのバイザーで顔の半ばまでが保護されていても、南部の口の周りはノーガードだった。この状態で攻撃がヒットしたら、前歯は無事では済まない。
「マウスガードを付け忘れるような素人相手に、フルコンタクトでやり合っていいのか?ISOに来たばっかりの学者先生を病院送りにするのは気が進まないぞ」
 教官が顔をしかめた。
「やってみてくれ。ただ、左腕のブレスレットへの攻撃は避けてほしい。こいつが壊れるとそこでテストは中止するしかない」
「壊れるとどうなるんだ?」
「元の姿に戻る。私の体にもかなりショックがかかるはずだ」
「時計をセットした。三分と一分でベルが鳴る。ボクシングと同じだ。始めていいか?」
 南部と教官が揃って頷いた。鷲尾は、タイマーのスイッチを入れた。
 ベルの音とともに、何の予備動作も無しに教官が距離をつめた。軽い右フックが南部のヘルメット越しに入った。南部はよろめいたが、そのまま踏みとどまった。両手の拳を上げ、ファイティングポーズをとった。がら空きになった脇腹に、教官は左足で回し蹴りを入れ、寸止めした。
「本当に素人か……」
「それじゃ困る。実際に打撃がないとテストにならない」
「じゃあ、最初の何ラウンドかはトレーニングしてやるから、体を馴らせ」
「わかった」
「ストレート五回、規則的に行くぞ。ヒットの瞬間、腕に力を入れて顔をガードしろ。次は右の回し蹴りだ。膝と肘で入るのを防げ」
 型どおりの攻撃と防御を規則的に繰り返して、最初の一ラウンドが終わった。
「あと三ラウンドこれをやって、慣れてきたらランダムな攻撃に切り替える。タイミングを合わせて防御するか、躱すか、やってみるんだな。それから、常に相手の全身を見ろ。一個所に注目してるとフェイントを喰らうぞ。考える前に体を動かすんだ」
「それが極意か。こちらからの攻撃は?」
「まともにやったんじゃ当たらないと思うが、受けようか?」
「ガードしてもかまわないから、頼む。それも実験項目だ」

——九十分後。
 南部は立ち上がれなくなって、持ち込んだラックに凭れて座り込んでいた。息が上がってしまい、話すこともできない。マウスガードを外して無造作に投げ捨て、口を開けて喘いだ。
「怪我でもしたんじゃないのか?」
「それは無いと思うが……」
 鷲尾に向かって答える教官の方は、息も乱れていない。
「その変な装備を外せるか?」
 南部は、ラックにつながっているケーブルの先端をブレスレットに差し込んだ。ラックの緑のボタンを押すと、再び光に包まれ、一瞬で、元の姿に戻った。そのままゆっくりと横になる。
 教官はしゃがみ込んで、南部の黒いシャツを上にめくり上げた。極細の信号線をサージカルテープで貼り付けられるだけ貼り付けた上半身が現れた。
「何だこりゃ?ボディに入れる時はそれなりに手加減したから、内臓を傷つけるような打撲は無いはずだが」
「南部、剥がしてもかまわないか」
 青い顔で南部が頷く。鷲尾は、手早くセンサーを固定していたテープを剥がした。
「大丈夫か?痛むところは?」
「……無い。眼鏡を返してくれ」
 答えた後、南部は呻いた。鷲尾は、眼鏡をかけさせ、南部を横向きに寝かせると、背中をさすった。
「気分が悪いのか?」
 南部は答えるかわりに歯を食いしばった。
「完全にバテたんだろう。普段から鍛えていたようには見えないからな。面白いスーツだが、本人のスタミナの問題までは解決できないようだな」
「……どう面白い?」
 目を閉じたまま南部は呟いた。
「動きが極端にアンバランスなんだ」
 教官は断言した。
「俺からの攻撃に合わせて防御したり躱したりする時の反応は鈍いし、はっきり言ってずぶの素人だ。しかし、俺に対する攻撃は、フォームは素人だが速度はベテラン以上だった。無駄な動きがやたら多いから、予測するのも躱すのも簡単だったが、無駄が無くなれば、俺でも対応しきれるかどうかわからん。ジャンプ力も体操選手並だ」
 目を開けた南部が微笑んだ
「しかし、何でこんな妙なスーツを作っているんだ?ちょっと前に、ISOで、もっと強力なバトルスーツを開発してるって話で……テストには、俺の部隊の若いのが協力していたはずだが。そっちを使えば南部博士だって、そんなにバテることも無かったんじゃないのか」
 人間以上の力とスピードを出すために、筋肉に追随して動くモーターやアクチュエーターを装備し、防弾用の装甲まで備えたパワードスーツの開発が、既にISOの研究チームによって進められていた。動力は外部から供給されるため、理屈通りに行けば、人間の側にさほどのスタミナを要求しなくても、簡単に、何人分かの力を出せる。
「あれは多分失敗に終わる。貴方は既にその理由を知っているはずだ。さっきも言っていた通り……」
「どういう事だ?」
 教官は訊いた。南部は直ぐに言葉を出せず、鷲尾に背中をさすられながら、吐き気を堪えていた。
「南部、おい、大丈夫か?辛いならあまり話さない方がいいぞ?」
「……いや、続けさせてくれ。折角協力してくれたんだ」
 南部は深呼吸した。
「私の動きが鈍いのは、貴方の動きを見ていちいち考えてから反応していたからだ。接近しての格闘戦の訓練はされてないから、私にはそれしかできない。しかし、自分から動く時は違う。筋肉の神経系が指令を出し始めるのは平均して〇・四秒から〇・三秒前、筋肉が動き始めるのはその〇・一五秒位後だ。脳が動作指令を出す前に、既に体は動いている。これは人間なら誰でも同じで、何も特別な訓練なんか要らない」
「そういえば、ISOの連中は、脳波を読み取ってスーツを動かすとか言ってたな」
「そうだ。それで最初の計画が失敗した。脳波をトリガーにしたのでは、体の動きから大幅に遅れる。研究チームは間もなくそのことに気付いて、筋電をトリガーにする方式に切り替えた。それでも、〇・一五秒の差は埋められなかった。動作開始が遅れるパワードスーツは、重量がある分、筋肉に対して動き始めに大きな負荷を与えることになる。それに合わせて人間の側が無意識に出力を調整した直後に、今度はスーツの方が増幅された動きを始めてしまう。ゆっくりした動作のサポートならともかく、これではどうやっても格闘戦に合わせた制御など無理だ。〇・二秒先の未来を完全に読めるのなら話は別だが」
「で、南部博士、未来を読むことには成功したのか?」
「さすがに私でもそれはできん。私のスーツも筋電に反応している」
「失敗例と変わらんじゃないか」
「フルコンタクトで試合をするのに、そのプロテクターが邪魔をしたか?」
 南部は訊き返した。
「軽くて、抵抗なしに動くようなものなら、身に付けていても動き始めにはほとんど影響しない。私が狙ったのはそっちだ。そのかわり、性能の方は本人の身体能力に大きく依存することになったが……」
「なるほどな。筋はなかなか良かったぞ、南部博士。勘もいいし上達も早い。継続して鍛えればそこそこの所まではいくだろう。回復したら、毎日、グラウンド二十周はランニングしておくことだな。一ヶ月もすればそれなりに持久力は上がるはずだ」
 教官は、持ち込んだ荷物の中を探り、手提げの紙袋を取り出した。
「クリスマスも近いしな、俺からのプレゼントだ。頼まれたとはいえ、サンドバッグ代わりにしてそのままというのも気が引ける」
「何だこれは?」
「湿布薬だ。俺の部隊で常備しているヤツだ」
 南部は、紙袋を引き寄せた。どう見積もっても三キログラム以上ある。
「多過ぎないか?」
「全身にくまなく貼り付けて、二、三日は安静にしていろ。もっとも、明日は筋肉痛で身動きはできんだろうが」
 南部は、教官に手を差し出した。握手をしたのか、引っ張り上げて立たされたのか解らない状態でどうにか立ち上がった。
「貴方に頼んで正解だった。スーツを改良したらまた協力を頼めるかな」
「了解だ。なかなか面白い装備らしいしな」
 鷲尾に支えられながら、南部は格闘技の教官が立ち去るのを見送った。
「撤収するか……」
 南部は、白衣を着込んだ。ラックのキャスターのストッパーを外し、引っ張ろうとしてよろめいた。鷲尾が慌てて腕をとって支えた。
「危ないから座ってろ。運ぶのを手伝おう。どこに持っていけばいいんだ?」
「装置はISO本部の私の実験室へ。私も一旦研究室に戻って、着替えてから帰る」
「ケーブルは外した方がいいんだな?」
「ああ、運ぶ途中で引っ掛かると断線するかもしれない」
「……っと、固いな」
 鷲尾は、ポケットから折りたたみ式のプライヤーを取り出した。コネクタ部分を挟んで軽く回して外した。
「工具箱を持ち歩かなくてもいいのか」
「ああ。興味があるなら使ってみろよ。他にもいろいろくっついてる」
 鷲尾は、南部にプライヤーを手渡した。レザーマン、と刻印されていた。
「最初から俺の手伝いをアテにして俺を呼んだんだろう?自分が動けなくなるのを見越してな」
 鷲尾は、ケーブルをまとめて、脇にあった袋に突っ込んだ。
「……バレてたか」
 鷲尾は、南部の父親に雇われてパイロットを務めており、最近になって空軍に入った。南部とは、学生の頃からの知り合いで、友人でもあった。
「自分で人体実験した心意気に免じて、荷物運びとドライバーは完璧にこなしてやる。積み込みが終わるまでそこで休んでいろ。何なら、湿布薬を貼り付けてミイラを作るところまで面倒見ようか?」
 ラックを引っ張って出て行く鷲尾を、床に転がったまま南部は見送った。

●PHASE 2 ISO本部・アンダーソンのオフィス

「クリスマスイブだから一緒に早めに引き上げようと思って呼んだのに、その荷物は一体何だ?」
 南部を自らのオフィスに呼び出したISO副長官のアンダーソンは、顔をしかめた。
 南部は、薄いブルーのスーツの上着に紺のズボンにネクタイ姿で、ポケットには赤いハンカチを挿しているのはいつも通りだったが、服装には不釣り合いな軍用のダッフルバッグを担いでいた。
「この間丸三日も休んだせいで、仕事が遅れているんです。家に帰ってからも続きをやりたいんですよ」
 事務方のクリスマス休暇を確保するために、イブの夜は早めに帰宅するように、ISOの本部職員には通達が出されていた。必要最低限の警備部門だけを残して、研究室は年明けまでロックアウトされる。
「休んだってのは、特殊部隊の教官相手にぶっ倒れるまで殴り合っとった件か」
「あれから、ブレスレットの駆動用の装置を小型化し、スーツの方にも改良を加えました。ここ数日はISOが使えないので、別荘の方の設備を使って研究を続けます。それには、道具一式を担いで帰らないと。試作品でも、重要機密ですから、誰かに頼むことはできないんですよ」
「まったく、近くのレストランに寄って、軽食でも摂らないか誘うつもりだったのに、それでは寄り道もできんじゃないか」
「済みません。しかしアンダーソン、あなたにとっては、寄り道などせず、家族と過ごす方がよろしいのでは?」
「あのな、これでも独身のお前を気遣ったつもりだ。少しは理解しろ」
 言い終えた途端、アンダーソンの机の電話が鳴った。
 受話器をとったアンダーソンは、ほとんど何も答えず報告を聞いていた。
「わかった、直ぐに行く」
 それだけ言って、アンダーソンは受話器を置いた。
「何かあったんですか?」
「二ブロック離れたISOのR&Dセンターで事故だ。地下実験室で爆発があったらしい。センター長と長官には呼び出しをかけているが、二人とも、昨日からクリスマス休暇で直ぐには連絡がつきそうにない。食事に誘おうかと思っとったが、それどころじゃなくなったな。私は、行かなければならん。今ISOに居る最も職位の高いのが私ということになるようだ」
「私も行きます、アンダーソン」
「南部君、別に君には何の責任も義務もない」
「今、ISOには普段の人員は居ないはずだ。不測の事態が生じた以上、人手は多い方がいいでしょう。R&Dセンターには私も仕事を頼んであるので、それも心配です」
 南部は、アンダーソンの先に立って歩き出した。