バレンタインデーにReeさんからステキなチョコレートをいただいていたので、そのお礼のフィクです。3D画像をいただいてからそれに合わせて書いていたので、バレンタインデーはとっくに過ぎていますが、気にしないことにします。
  
 私が書くのでまたもや南部博士の話です。今回はギャグ要素が多いかなぁ。アンダーソン長官が人間離れした甘党になってます(汗)。
 一応、去年のバレンタインフィク(1)(2)を踏まえて書いてます。

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注意書き

                                 裕川涼

●PHASE 1 ISO本部・長官室

 二月四日。
 デスクワークにいそしんでいた南部は、机の上の通信機で呼び出された。見慣れたアンダーソン長官の姿がディスプレイに現れた。部屋まで至急来てくれ給え、という命令に、やりかけの仕事を全部中断し、南部はアンダーソンの部屋へと急いだ。一体どんな緊急事態なのかと勢い込んでやってきた南部に向かって、アンダーソンは部屋の応接セットのソファに座るように促した。既に二人分のコーヒーが用意されていた。来客に備えて、紙ナプキンとコーヒー用のミルク、スティックシュガーをまとめて立てたスタンドがトレーに載っていた。
「南部博士、もうすぐバレンタイン・デーだが……」
「それが何か?幸いなことに、今のところ特に異常はありませんが」
 去年のバレンタインデーは、ちょうど今頃から南部宛に差出人不明のチョコレートが送られてきた。差出人を調査した南部は事件に巻き込まれて怪我をする羽目にった。秘書達からもらったチョコレートは食べられず、秘書課主催のパーティーも欠席することになった。今年もバレンタイン・デーのせいで事件に巻き込まれてはたまったものではない。
「あのな、南部博士。世間一般でいうバレンタイン・デーとは、異常事態の意味ではない筈だが……」
 アンダーソンは、溜息をついて、スティックシュガーを引き抜いてパッケージを破り、コーヒーに入れた。一本では足りず、すぐまた次の一本を抜いた。
「まあいい、南部博士。今年はISOでも、バレンタイングッズを企画販売することになった。昨日の総務委員会の最後の議題に上がってな。ついては協力してほしい」
「何をすればよいのですか」
 南部はコーヒーカップを手に取り、一口飲んだ。アンダーソンは相変わらずスティックシュガーを投入し続けている。思わず、南部はその本数を数え始めた。
「チョコレートを作るので、手伝ってもらいたい」
「今から製造ラインを組んで間に合わせろというのならやりますが、高く付きますよ」
 ISO直轄の事業で南部が直々に出動するのは、それなりの人数と予算を必要とする仕事の時だけである。
「そんな大げさなものではない。本部の購買部で売るだけだから、せいぜい二百個程度あればよい。秘書課と総務課の職員が手作業で作っても十分に対応可能な数だ」
「それでは本来の業務がおろそかになります。現場は難色を示したのでは」
「そんなことはない。女性職員は全員張り切っている。どのみちこの時期は手作りチョコの製作に追われるということらしい」
 アンダーソンはスプーンをカップに入れてかき混ぜ始めた。スティックシュガー十二本が投入済みだった。最近は一本当たりの量が減っているとはいえ、コーヒー一杯に一ダースというのはいくら何でも多すぎる。南部は、一体どんな味の液体になったのかと思いを巡らし、右眉を微妙に上げたが、それ以上考えると胃がもたれそうな気がして想像するのを止めた。
「むしろそちらの方が難色を示す理由になりそうですが」
 業務でチョコレート作りをやらされたのでは、意中の相手やら友人以上恋人未満やらその他大勢の義理の相手やらに配るチョコを用意するのに支障を来す。
「まとめて材料を仕入れたから安くあがってな。それで、チョコレート作りに参加した人は、余分に仕入れた材料をタダで自由に使って良いことにしたから、全員大喜びだ」
 アンダーソンは、そういうところだけは気配りを怠らない。
「それで、企画の方はどこまで決定しているのですか」
「チョコは大きく分けて二種類だ」
 アンダーソンは、封筒から紙を引っ張り出した。
「G1号のブーメラン型チョコ。現物と同じサイズで、形を再現してほしい。ガッチャマンは人気があるのでな」
 そっくり同じ形とサイズになるような型を作るには、ブーメランの設計図が必要で、それは南部の手元にある。南部は、なぜ今回のチョコレート製作騒動に自分が巻き込まれることになったのかを理解した。
「それからもう一つ、これだ」
 アンダーソンは別の紙に描かれた絵を示した。南部は思わず固まった。見覚えのあるジゴキラーの絵だった。
「それは私が描いたものだが、なぜ……」
「南部君、この間の会議中にヒマをもてあまして資料の裏に落書きしとっただろう。機密保持のために回収した資料の裏側の絵が、廃棄の時に見つかってな。丸いしチョコに最適だろうということで、今回の企画に採用された。こちらは、ブーメランほどの精度は要求されないだろう。元が植物で個体差があるから、少しずつ形が違う方がむしろ自然かもしれないし、手作り感が出るだろう」
 機密書類だから確実に廃棄されて後には何も残らないと思っていたのだが、考えが甘かった。南部は観念した。
「それでは早速準備にかかります。全員に作業を指示する前に、レシピと製造工程を確定させなければいけませんから、今日の夕方に何人か実験室に寄越してください」

●PHASE 2 ISO本部・南部の実験室

 南部は、工作機械を動かしながら金属ブロックを削っていた。3次元の数値座標を入れると、その形に自動的に削ってくれる。ガッチャマンのブーメランの構造・材質ともにトップシークレットであるため、外側の形状だけが必要であっても、南部が直接作業をするしかない。
 ブーメランは平たい刃がついていて、表裏対称な形をしている。南部は、ブーメランを薄く二分割にした部品を削りだして表面をきれいに磨いた。次に、その部品よりやや大きめで、隙間を1ミリ程度残して部品が入る穴を金属ブロックに作った。根元の部分は別パーツとして削りだした。作業を終えた南部は、金属片を実験室内のプレス装置に取り付けた。薄いポリエチレン板を挟んで加熱しながらプレスする。ポリエチレン板には、ブーメランを半分に切った形状のへこみができた。これを2つ合わせて、できた空洞にチョコレートを流しこんでから型を外し、余分なチョコレートを削り落せば、ほぼ完全なブーメランの形を再現できる。
「博士、恒温漕の準備ができました」
 白衣姿の研究員が歩いてきた。チョコレートを融かして一定温度に保つため、実験用の大型恒温漕を使うことになっていた。
「容器は食品用のものに交換したのだろうな?」
「そりゃもう間違い無く」
「よろしい、では食堂に運んでくれ給え。それが終わったらこのプレス機で型を作って食堂に持って行ってほしい」
「何枚くらい作りましょうか?」
「一個作るのに二枚必要だから、四十枚ほどあれば、数人で作業するには充分だろう」
 南部は、部屋の電話で食堂を呼び出した。調理用のエプロン、帽子、マスク、使い捨ての滅菌済み手袋を二十人分ほど用意するように伝えた。ついでに、チョコレートの製造責任者を、食堂の調理担当者に依頼した。ISOの販売品で食中毒を出すわけにはいかない。
 設備の確認のため、南部は、食堂の厨房に向かった。


●PHASE 3 ISO本部・食堂

 食堂には、南部が指示したエプロンや帽子などに加えて、滅菌用のアルコールスプレーのボトルが何本か並んでいた。
「南部博士!」
 普段、南部の部屋に郵便物などを運んで来ている秘書が既に食堂に来ていて、南部に向かって手を振った。横のテーブルに、アンダーソン長官と、長官付きの女性秘書が二人来て、既に作業をしていた。机の上には、簡易コンロや鍋、泡立て器といった調理器具が並んでいた。南部は食堂の奥へと進んだ。
「ブーメランチョコレートだが、今し方型が完成したところだ。間もなく此処に運ぶ予定だ。その後製造方法を決めねばならん。後で私の部屋で打ち合わせを……」
「あら、南部博士。チョコレートの手作りでしたら私達の方が経験豊富ですわよ。少し試して後ほどレシピを部屋にお持ちしますわ。ですから、今日は試作講習会ということにして、本格的な製造は明日から始めたいと思います。固いチョコレートなら、日持ちしますし」
「わかった。そのようにし給え。ところで、箱はどうするのかね?」
「紙の化粧箱を用意するつもりです。それから、丸いチョコレートをジゴキラー柄のアルミホイルで包んだものをつけるつもりです。その方が彩りも鮮やかですし」
「ということは、箱の手配ができてから包装ということになるのかね」
「そうです。現物が無いと正確なサイズが決まりませんから、チョコレート型で一度試作を行ってから、大きさを決めて発注します」
 南部は頷き、今度はアンダーソンの方を見た。既に融かされたチョコレートやペーストの入った鍋がいくつも並んでいた。
「南部君、いいところに来てくれた。ジゴキラー型のチョコレートの製作について打ち合わせていたのだが、彼女達は実に優秀で、あっさり試作品を一つ作ってしまったよ」
 南部はテーブルの上を見た。作業中であることはわかったが、完成した筈のチョコらしいものは見当たらなかった。
「今冷蔵庫で冷やしているんです。これが作り方ですわ」
 秘書が、レシピを差し出した。南部は受け取り、目を走らせた。
「中心部分はガナッシュです。チョコレートを溶かし、洋酒と生クリームを混ぜて柔らかくします。ガナッシュはペースト状ですので、一旦冷やして少し固くしてから丸めます。丸めた後、冷凍庫に入れて充分温度が下がったら、取り出して、外側に融かしたチョコレートをかけます」
「やわらかい脳を固い頭蓋骨が守っているような構造か」
「……はい、その通りです、博士」
 南部の例えに、秘書は一瞬引いたが、すぐに平静な表情で説明を続けた。
「この丸いガナッシュがジゴキラーの内側になります。問題は外側の花びらですが……」
「型が必要かね?」
「いえ、最初はチョコレートで作ろうかと思ったのですが、白と緑と赤の色を出すのが難しかったので、砂糖菓子で作ることにしました。水飴と砂糖を混ぜて溶かして固めるだけなので、チョコレート用の型はいりません。丸いボウルに流しこんで大体の形を作ってから、緑と赤のパウダーを使って塗り分けることにしました」
「試作品がそろそろ完成している頃だ。出してき給え」
 アンダーソンに言われて、もう一人の秘書が、厨房に向かった。壁一面に作り付けられている業務用冷凍冷蔵庫の扉をあけた。
 運ばれてきたチョコレートを見て、南部は言葉に詰まった。
 説明の通り、真ん中の丸い球はチョコレートで、周囲を薄い花びらが取り囲んでいる。色の塗り分けも上手い。問題はサイズだった。中心のチョコはメロン程度の大きさで、それが、直径三十センチメートルのメインディッシュ用の皿の真ん中で意味不明な存在感を主張していた。
「南部君、見給え。見事だろう?私が欲しかった通りのものが完成したぞ」
「少し大きすぎませんか」
「何を言うか。これくらいでないとインパクトがない。それに、一寸頑張れば食べきれる量だろう」
「はぁ……」
「よく、秘書の女性達が言ってることを知らないのかね、南部君。ほら、甘い物は別腹だと」
「牛の胃だって四つあるってことですし……」
 チョコレートを運んで来た秘書が言った。全くフォローになっていない。
 そもそも、牛の胃袋の場合は、容積が四倍になるのではなくて、時間をかけて順番にゆっくりと食べ物を送るためのものだった筈だ……。
「そうは言っても、この花びら一枚一枚が砂糖の塊なのですよね……」
「何、心配はいらん。その分、中心のガナッシュは甘さを抑えてある。甘い花びらと一緒に味わって丁度良いはずだ」
 そんなものを「丁度良い」と言いきれるのはアンダーソン長官だけだろう。コーヒー一杯に一ダースものスティックシュガーを投入する人物の味覚が、一般人と同じであることを期待する方が最初から間違っている。大体、こんなことを言ってるからその体型なのだと喉まで出かかったが、言うだけ無駄なので言うのをやめた。かわりに、深呼吸してから南部は続けた。
「では、それで製作にかかってください」
 巨大なチョコレートを前に大満足しているアンダーソン長官に向かって、これ以上何か言っても聞く耳は持たないだろう。ただでさえ忙しい南部は、チョコレートのサイズについて長官と議論する気はさらさら無かった。
「それなんですけど、ガナッシュは日持ちしないので、販売の前々日から集中して作ります。それまでに、日持ちするブーメランチョコの方を完成させます」
 南部は首をかしげた。
「ISO本部の購買部だけで限定販売だからな。一応予約は受け付けるし外部からの購入も可能だが、販売はバレンタインデー前日の二月十三日だけの予定だ」
 長官がそう言うのなら、特に反対する理由は南部にはない。後の製作作業を秘書達に任せて、南部は自分のオフィスに戻った。

●PHASE 4 ISO本部・南部の実験室

 数日間にわたるISO本部本部内でのチョコレート製作作業は滞りなく進んでいた。ISOの企画のチョコレート製作に南部が全面協力したこともあって、今年は南部にチョコレートを渡して食べてもらえるだろうと、秘書課の女性達は皆期待していた。

 二月十二日、南部は、女性陣の思惑など全く意に介さず、ブーメランチョコレートとジゴキラーチョコレートのチェックに追われていた。
 販売見本品として南部に届けられた白い箱の蓋をあけると、透明な袋の中にジゴキラーチョコレートが入っていた。袋の口はリボンで結ばれている。南部は、そっとチョコレートを取り出し、食堂から借りてきた皿の上に載せ、フォークを置いた。実験室の机の上で、異常な存在感を示していた。この包装なら、運搬したり取り出したりしたりするときに壊れる心配は無い。

V01

 箱の中にはカードが入っていた。製造後の温度管理がシビアなこともあって、「冷蔵庫に保存してお早めにお召し上がりください」といった注意書きが印刷されていた。「衝撃を与えるとチョコレートが割れたり潰れたりすることがあります」「取り出す時には花弁を壊さないようゆっくりと取り出して下さい」といった個条書きの最後に、賞味期限が明記されていた。
 南部は、次に、ブーメランチョコレートの化粧箱を開けた。ブーメランチョコレート一個が真ん中に配置され、脇に、小さなジゴキラーボール型チョコレートが入っていた。箱の裏に製造日と賞味期限と原材料を印刷したラベルが貼り付けてあるものの、それ以外の注意書きは一切無かった。

V02

「これは、容易ならぬ……」
 何の注意書きも無いままに、変な使い方をした人が居て万一被害が発生した場合、巨額の賠償金を請求される恐れがあった。そんなことが起きたら、チョコレートの売り上げなど簡単に吹き飛んでしまう。今から箱の中に注意書きを入れるのは不可能だから、販売時までに印刷して箱に添付するしかない。タイムリミットは販売が始まる明日の朝までである。南部は、ノートパソコンを脇に置いて、注意書きの文章を入力していった。
——保冷剤は二時間ほどしか持ちません。購入後は速やかに冷蔵庫に入れてください。温度が上がると形が変わってしまう可能性があります。
——チョコレートの表面が白っぽくなってもカビではありません。脂肪分が固まったものですから、安心してお召し上がりいただけます。
 もっと無かったか、と、南部は左手を顎に当てた。チョコレートとはいえ、形がガッチャマンのブーメランである。「食べる」の次に頻度の高い使用用途が「投げる」になるに違い無かった。
——敵に向かって投げないで下さい。
 不意に頭に文句が浮かんだ。これを敵に向かって投げた場合、普通の状況ではまず効果は無いだろう。
——本物ではないので投げても戻ってきません。
「……つまりは、子供のオモチャ並の注意書きを作らないといけないのだな」
 あれこれ考えていた南部は、ふと、本当にこのチョコレートに物理的危険性が無いのか徹底的に試してみたくなった。温度を下げればチョコレートは固くなる。うんと固くなった状態で投げたらどうなるのだろう。ブーメランとして機能するのだろうか。
 南部は、発泡スチロールの箱の中にブーメランチョコレートを入れた。液体窒素用のデュワー瓶を持ち上げ、液体窒素を発泡スチロールの中に注いだ。液体窒素の温度はマイナス一九六度、これで冷やせばバナナで釘が打て、バラの花を凍らせて落せばガラスのように砕け散る。液体窒素の冷気で空気中の水蒸気が結露して実験室の机の上は白煙に覆われ、天井に達した。透明な液体窒素は、ぼこぼこと音を立てながら発泡スチロールの箱の中で沸騰していた。頃合いを見計らって、竹でできたピンセットで挟んでチョコレートを取り出した。素手で触れば皮膚が凍り付いて剥がれる。南部は、低温用の革手袋をはめて、ブーメランチョコレートを握った。入り口脇のスケジュールボード目がけて思い切り投げた。
 ぶかぶかの手袋をはめたまま投げたため、手元が狂った。ブーメランチョコレートは入り口のドアに向かって飛んだ。その時、入り口のドアが開いた。入ろうとしていたのは健だった。健の反応は早かった。自分目がけて飛んでくるモノが何であるかを確認する前に、ブーメランを引き抜いて投げていた。ブーメランチョコレートと本物のブーメランは斜めにぶつかり、お互いに曲がって飛んだ。ブーメランチョコレートはそのまま廊下に飛び出し、反対側のガラスを砕いて突き刺さった。
「健、何事かね」
「試作品を博士に届けた後、何も連絡がないので、意見を伺ってくるように長官に言われまして……」
 南部は立ち上がり、廊下に出た。窓ガラスに対してそれなりの破壊力があったことを確認し、実験室の中に戻った。
 健のブーメランは、ジゴキラーチョコレートに刺さっていた。

V03

「健、咄嗟の反応は見事だったが、これを一体どうするつもりかね」
 抑揚のない声で南部に言われて、健は硬直していた。
「まあいい」
 南部は、ノートパソコンに向かって「冷やしすぎると固くなりますので、投げると物を壊したり人を傷つけたりするおそれがあります」と打ち込んだ。注意書きを部屋の隅にあるプリンターに出力し、健に手渡した。
「これと一緒に売るように伝えてくれ給え」
 健は紙を受け取り、部屋の入り口を開けた。実験台に戻った南部は、ジゴキラーチョコレートからブーメランを引き抜いた。
「忘れ物だ」
 健に向かって投げた。

 健が出て行った後、南部は、ジゴキラーチョコレートを見つめた。外側を覆っていたチョコレートに穴が空き、一部はひび割れ、ブーメランの刃はガナッシュ部分に達していた。できるだけ清潔に作ってはいたが、こうなってはそうそう日持ちしそうになかった。
「そういえば、これ一つを食べきれないこともないと長官が言ってたな。果たしてそれを信じて売って良いものか……」
 そろそろ夕食の時間だった。南部はフォークを手に取ってジゴキラーチョコレートを食べ始めた。
 甘さを抑えたとアンダーソンは言っていたが、普通に甘かった。やはりアンダーソンの味覚を基準にしてはいけない。それでも、最初はなかなか美味しいと感じたが、半分を食べたあたりで苦痛になってきた。南部は、水を飲みながら、機械的にフォークでガナッシュを掬っては口に運んだ。だんだん胸焼けがして、息苦しくなってくる。最後は味も感じられないま噛まずに飲み込み、花びらをかみ砕いて水と一緒に流しこんだ。
 医務室に行って胃薬でも貰ってこよう、と南部は思ったが、どうにも体が辛かった。南部はそのまま実験室の床に横になって、胃のあたりをさすっていた。安静にしていても息切れと目眩がひどかった。
 実験室の扉が開いて、秘書が入ってきた。
「南部博士、注意書きの印刷終わりました……博士!」
「……ああ、君か」
「一体どうなさったんです?廊下の方もあの通りですし」
「見本品のチェックをしていた。ジゴキラーチョコレートを一個食べただけだ」
 秘書に抱え起こされて南部は呻いた。急に動くとチョコレートが口から出そうになる。
「丸々一個食べたんですか!いくら何でも食べ過ぎですよ」
「長官は大丈夫だと言ってたのだが……」
「長官は特別だと思いますが」
「そうか、君もやはりそう思うか。もう当分チョコレートなど見たく無い。見るだけで吐きそうだ」
「歩けますか?」
「何とか……医務室へ頼む」

●PHASE 5 ISO本部・医務室

 南部は医務室のベッドで寝ていた。
 医務室に担ぎ込まれてから間もなく、悪寒がして熱が上がった。熱は丑三つ時になって下がったが、今度は吐き気が酷くなった。しかし、食べたチョコレートは既に胃を通過した後だったらしく、単に気分が悪いだけだった。夜が明けるころになって、腰が痛み出した。
 南部は、医務室から秘書に電話をし、ジゴキラーチョコレートに「健康のため食べ過ぎないようにしましょう」という注意書きを添付するよう厳命した。人体実験済みだと付け加えることも忘れなかった。再びベッドに横になってから暫くすると、腰の痛みが軽くなったかわりに腹が痛み出し、何度かトイレに駆け込むことになった。結局南部が動けるようになったのは、昼頃になって腹の中のものをすっかり出してしまった後だった。

 南部倒れる、の情報は既にISO本部に広まっていた。倒れた理由が、バレンタイン用チョコレートの品質チェックをしていて、巨大なジゴキラーチョコレートを丸々一個食べたことだというのを聞いた職員は、みな一様に微妙な表情になった。南部は普段から職務には忠実だが、今回のは無駄に忠実だという噂が飛び交った。

 こうなってしまっては、南部にチョコレートを渡すのは嫌がらせか拷問にしかならない。結局、今年のバレンタインデーに南部にチョコレートを渡すことを、全ての女性職員達はあきらめたのだった。

——完——



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このエントリーは 2011/2/21(月曜日)-05:13 に、カテゴリー ファンフィクなどに投稿されました。 RSS 2.0 feedを用いて応答を追跡できます。 You can skip to the end and leave a response. Pinging is currently not allowed.

6 個のコメントがあります


  1. Ree on 2011/2/23(水曜日) 22:48

    涼さん
    お疲れ様でした。
    いやもう大笑いさせて頂きましたよ。
    メロン並みにでかいジゴキラー・・・
    そら 腹痛起こすわなぁ。
    健ちゃんの引きつった顔が・・・ぶふふっ
    南部君、忘れ物と言って渡すときは そのジコチョコも健ちゃんに渡してあげればよかったのに・・・
    健ちゃん、甘党だよ(勝手に思ってるが)
    きっと、内緒でブーメランに付いたチョコレート舐めてると思う(^^;)
    巧く絵と話を合わせてくれて有り難うございました。
    ただ・・・ すみません、ジゴに刺さったブーメラン、ちょっとスケールが違いすぎましたね(^^;)
    後から気付いたんですけど・・・
    ブーメランが刺さったら こてって倒れると思ったのよ・・・絵だから倒れないけどさ(^^;)
    だから 大きさがちょっと間違ったという訳です(^^;)

    このフィク、そのうち制作するHPの方にアップしてもいいかな? リンクだと読みづらいので・・・
    3D画像と一緒にアップしたいと思います。
    よろしこ~

  2. 裕川涼 on 2011/2/24(木曜日) 00:45

    Reeさん、

    >南部君、忘れ物と言って渡すときは そのジコチョコも健ちゃんに渡してあげればよかったのに・・・

     そこはそれ、律儀な南部君だから、ISOが売る商品見本だと言われたら、不具合がないか徹底的にチェックしますよ。単なるいただき物だったら健ちゃんにあげちゃったかもしれませんが。

     ブーメランのサイズを考えるとメロンくらいのサイズなんですよね>ジゴ。

     HPの方は……どうぞこんなフィクで良かったら使ってやってください。

  3. 和子 on 2011/3/5(土曜日) 20:47

    涼さん 遅くなりました。
    ジゴ玉作り終了、やっと来れました(o^∇^o)ノ

    うちの近くにO永製菓の工場がありまして、風向きによってカカオの匂いが漂ってきます。

    博士もこの香りに包まれて、ブーメランの型作ってたのかーってベランダで博士と同じ香り味わってました。

    もし、ジゴキラーチョコが市販されたら、エッグチョコみたいに中は空洞にしてGMのフィギア入れましょうよ。(o ̄ー ̄o) ムフフ

    頑張った南部博士に『透頂香(とうちんこう)ういらう』を送りたいと思います。お大事にどうぞ…

  4. 裕川涼 on 2011/3/7(月曜日) 20:29

    和子さん、

     きっと、チョコ制作中は、ISOの食堂のあるフロア全体にカカオのにおいが漂っていたにちがいありません。

     透頂香って初めて知りました。漢方薬なんですね。
    通販してなくて店に行かないと買えないとか……送ってもらえると博士が喜びそうです。次からは健ちゃんが買い出しに行かされたりして。

  5. 和子 on 2011/3/8(火曜日) 15:25

    涼さん

    「健、配達の帰りに小田原へ寄ってくれ、手配は済んでいる」
    「博士、またですか?」
    「う…うむ…早めに頼む」
    「ラジャ!」
    こんな感じですかね(笑

    私の胃痛には内科の胃薬よりこっちの方が効きます

  6. 裕川涼 on 2011/3/9(水曜日) 22:16

    和子さん、

     大体そんな感じだと思いますが、また、って……(爆)。
    博士胃痛持ちだったのか……。

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