既に公開済みのフィクですが、blogに出した方が読んでもらいやすいというアドバイスをいただいたので、連載形式で出してみます。
初めての方は先に、
をご覧下さい。
●PHASE 3 ISO・R&Dセンター・一階
ISOのR&Dセンターは、地上部分は役員の部屋や会議室などのある三階建てのビルで、実験室は全て地下にある。地下十階までは一般の実験室だが、その下は機密指定された材料を扱うフロアで、地下十五階から十七まではISOのウラン工場のための基礎実験をしている放射線管理区域、地下十八階から二十階まではバイオの研究室で、最下層の二十階はP4実験室になっている。
警備室は一階で、机と一体になったモニター画面とスイッチが広い部屋に何列も並んでいた。各フロアの状況をモニターしているカメラの映像の監視と、セキュリティシステムの管理のかなりの部分をこの部屋から行っていた。
「ISO副長官のアンダーソンだ」
アンダーソンは、IDカードを警備主任に見せた。
「状況は?」
「三十分程前に、地下十四階の材料実験室と、最下層のP4で爆発が起きました。このため、エレベーターが二基とも地下十階で止まっています……そちらは?」
警備主任は、アンダーソンの後ろに立っている南部を見た。
「南部考三郎博士。私と一緒に仕事をしている」
南部は、スーツの内ポケットからIDカードを出した。
「南部です」
「警備主任のゴードンだ」
ゴードンと南部は握手を交わした。
「主任、中にはまだ人が居るのか?」
アンダーソンはモニターを見た。いくつかが切れているが、廊下や部屋を出しているカメラに動く人影はない。
「クリスマスイブで元々人が少なかったこともあって、ほとんどが脱出しました。しかし、十数人が取り残されているはずです」
「レスキュー隊は呼んだのか。我々が来た時、建物の前には消防車が何台か駐まっていたが」
「呼びました。中では火災が発生していますが、爆発の時に配管の一部が破損したらしく、自動消火装置がまともに働いていません。早く何とかしないと手遅れになります」
「それで、今は救助にあたっているのか?」
「それが……来て下さい」
警備主任が、警備室を出て、広い廊下の突き当たりのエレベーターにアンダーソンを案内した。南部も続いた。
エレベーターの扉は、二つともジャッキでこじ開けられていた。荷物用を兼ねているため、扉の幅は四メートル近くある。アンダーソンと南部は中を覗きこんだ。
「暗くてよく見えない」
「どうぞ」
警備主任が渡した大型の懐中電灯を南部は受け取った。点灯し、下を照らす。止まっているエレベーターケージの上に、折り重なるようにして倒れているレスキュー隊員の姿が見えた。
「転落事故ですか?レスキューともあろう者が……」
「いいえ。入った途端に攻撃されました」
「攻撃ってどういう事だ?」
「セキュリティシステムです。人が居るのをセンサーが検知したら、自動的に高出力のレーザー光線で焼かれます」
「何て酷い。こんな状況なのに、セキュリティシステムを止めておかなかったのか?不必要な犠牲者を出して……」
「無理です、副長官。もともとこの施設は、軍事機密並の情報を扱うために作られました。警備室がテロリストによって占拠されても、各フロアの侵入検知・迎撃システムは勝手に動き続けます。自家発電装置も各フロアにありますから、そう簡単には止まりません。エレベーターのレーザーは、我々も一旦電源をカットしたのですが、途中から自家発電装置に切り替わって動き出しました」
「軍の特殊部隊に応援を頼めないか」
「連絡は入れました。しかし、無駄な犠牲は出せないと……」
「国連軍の特殊部隊は腑抜けの集まりか?」
「違うんです、副長官。問題は時間です。地下のバイオラボではもうカウントダウンが始まっています」
「何の話だ?」
「P4の封じ込めです。もし、微生物による汚染があったとシステムが判断した場合は、一定時間後に内部を焼却します。今回は、爆発で入退室時の滅菌の装置に不具合が生じた上に、爆発の振動によって保管庫内での試料の破損も確認されているため、システムがP4内の汚染有りと判断しています」
「人が居たらどうなる?」
「微生物を封じ込めても、人が付着させたまま外に出てきてしまったのでは意味がありません。内部で汚染の除去と滅菌が完了しない限り、誰も脱出できません。例え、どんな高名な学者でも……」
「何?」
「実は、今日の午前中からスタンレー博士が何人か引き連れて来ているんです」
「スタンレー博士って、あの遺伝子工学の権威か?ここ数年毎年ノーベル裳候補にあがっている?」
「そうです。長官直々の招待で、一週間ほど前から研究員と一緒にここに来て、P4の実験を視察していました。しかし、脱出した人の中には姿がありませんでした。P4にはまだ三人居ます。入退室管理の記録からみて、おそらくスタンレー博士と、博士が連れてきた助手の方ではないかと。何とかして救いたいのですが……」
P4では、宇宙服のような防護服を着用することになっている。防護服に通信機能はないし、P4に居る限り脱ぐことはないから、実際に誰がどこに居るかは監視カメラ越しに見ただけではわからない。入室と退室の時には、IDカード兼用のカードキーを使うので、誰が中に居るかという情報は記録されている。
「何てことだ……。このままだとISOがスタンレー博士を殺すことになるぞ」
アンダーソンが呻いた。
「最下層まで到達しなきゃならんということか。アンダーソン、ここの建物の設計図とセキュリティの仕様の資料を全部集めてくれ。方法を考えよう」
「できるか?」
アンダーソンは、ゴードンに訊いた。
「もう集めてあります、警備室に。レスキュー隊には真っ先に伝えたんですが」
南部とアンダーソンは警備室に戻った。コンソール脇の広い机の上に、図面が積み上げられていた。南部は、順番に図面を見ていった。
「空調用のダクトは、うかつに踏み込んだら百メートルばかり自由落下することになるし、脱出には使えない。一階からの進入経路は、あのエレベーターシャフトしかない。地下に降りてしまえば、上下の移動ルートとして、電源ケーブルの配線用のダクトも使える。保守点検のために梯子が設置されているから、脱出経路にもなる」
「どのダクトにも自動迎撃装置があります」
「そこもレーザーか?」
「いいえ、ガスです。高濃度の炭酸ガスを出すようになっています」
南部は、俯いて図面を見つめた。左右に分けた茶色の髪が、眼鏡の上から目にかかった。それでも、鳶色の瞳は動かなかった。
「何とかなるかもしれない」
南部は顔を上げた。
「そうか、南部君。何か思いついたんだな?早速レスキュー隊に連絡して……」
「その必要はありません。行くのは私一人です」
「そんな無茶な」
「レスキュー隊には、私が入った後、エレベーターシャフトに縄梯子と電動ウィンチを設置するように頼んでください。それと、担架の用意を。戻ってくる時には怪我人が居るかもしれない」
南部は、来たときに持っていたダッフルバッグを担いだ。
「身に付けられる小型のバッグを用意してくれ。携帯用の酸素ボンベをレスキュー隊から借りてほしい。懐中電灯と通信機の準備を頼む。設備点検で使っている鍵があればまとめて貸してくれ。それから、スコープ付きのライフル銃と弾薬、小型の自動拳銃があれば有り難い」
「銃ならそこのガンロッカーにある。他のものもすぐに準備しよう」
ゴードンが命令した警備員が、外に駆けだして行った。
「隣の部屋は空いているな。ちょっと借りて着替えてくるよ」
「南部君、まさかその開発中のスーツを使うのか?」
南部は立ち止まり、自らの上着とズボンを眺めた。
「このスーツにネクタイよりは、ずっと動きやすいと思うが」
廊下に出たアンダーソンが煙草を取り出したのと、隣の部屋から着替え終わった南部が出てきたのが同時だった。南部は既にスーツの変形を終えていた。バイザー越しにアンダーソンは南部の目を見つめた。
「それが例のスーツか」
アンダーソンは煙草に火を付けた。
「南部君も一服するか?」
「それよりも、そのライターをお借りしたい」
南部は、アンダーソンの手からきれいに磨き上げられたオイルライターをもぎ取った。
「貸すのはいいが……ちゃんと返せよ」
「南部博士、用意できました」
ゴードンが、肩から掛けるバッグとライフル銃を持ってやってきた。南部はバッグを受け取り中を確認した。そのまま肩に斜めに掛けた。
「ライフルを貸してくれ。まず、ここから、できるだけレーザーを潰す。あのケージより上に設置されているものは、直線で見通せる場所にあるからな」
南部は腹這いになってライフルを抱え、シャフトを覗きこんだ。銃声が立て続けに響いた。南部は、レーザー光の方向を変えるために取り付けられた反射鏡を、一つずつ壊していった。
「向きが変わらない光なら、単に避ければいいだけだ。発振装置は壁に埋め込まれているから、降りる時に破壊する」
「凄い腕だな……」
投光器を片手に双眼鏡で見ていたゴードンが呟いた。
「ケンブリッジでもオックスフォードでもチャンピオンだったそうだな」
アンダーソンが声をかけた。
「昔の話だ」
「本当に一人でいいのか?」
「ここから先は、セキュリティシステムを作った奴との勝負だ。大人数でがむしゃらに進んだところで、犠牲者が増える一方だろう」
「確かに、妙に厳重ではあるが……」
「図面を見て思ったんだが、ここのシステムを開発した奴は、人間が最大のセキュリティホールだと考えていたらしい。動作にあたっては徹底的に人的要因を排除することを目指したようだ。確かにその考え方は正しいが、正直、ここまで徹底しているシステムを見たのは初めてだ。その上、一旦侵入された場合は、内部の人間を犠牲にしてでも侵入者を生かしては帰さないという意図がはっきり見えている。設計した奴は並外れた才能の持ち主のようだが、何だか歪みを感じる」
「確か……ここのシステムの開発者はデーモン博士です。博士の自信作だそうで。いつぞやの講演会でも、ISO直々の依頼だったので存分に腕を振るったから一種の芸術品の域に達しているし、破れる奴などそうそう居るはずがない、とおっしゃってました」
ゴードンが答えた。
「デーモン博士?……あの男か」
「アンダーソン、知ってるのか?」
「ISO始まって以来の天才と言われている。君よりは少し年上だが、いずれは長官だろうと噂される人物だ。今はその才能をかわれて軍に出向しているはずだ」
「覚えておこう」
南部は通信機を取り出し、ヘルメットを脱いで、マイク付きのイヤフォンを耳に引っかけた。ヘルメットをかぶり直してスイッチを入れた。
「聞こえるか?」
同じ言葉を、ゴードンが持っているトランシーバーが発した。
「入るぞ。警備室からサポートを頼む」
南部は、ベルトにブローニング・ハイパワーを引っかけたまま、エレベーターを吊しているワイヤーに飛びつき、下に向かって滑り降りた。
●PHASE 4 R&Dセンター・エレベーターシャフト
「スーツのおかげで握力は上がっているはずだが、それでも止まる方が大変だ……」
南部は呟いた。ワイヤーにさび止めが塗りたくられているために、相当強く握らないとずるずると滑り落ちてしまう。ワイヤーを握ったまま滑り降りても、掌が多少熱くなるだけで、手袋の方は大して摩耗もしていない。
「強度は問題ないが滑り止めをどうするか考えないとな」
左手でワイヤーを握り、ゆっくり滑り落ちながら、南部は右手で拳銃を構えた。シャフトに穴を穿って一フロア毎に二箇所に埋め込まれたレーザーの発振装置を狙い撃ちして破壊した。狭い場所での射撃は跳弾の方が怖い。穴に埋め込まれた装置に確実に撃ち込む以外に、跳弾を避ける方法は無い。
「しかし、発振器の設置場所をランダムに変えてあるとは、面倒な……」
発振器と同じ高さまで降りる度に、南部は一周ぐるりと見回す羽目になっていた。装弾数の多いブローニング・ハイパワーを選んで持ってきていたが、途中で弾切れした。南部は、左手でロープを握り締めたまま、口でマガジンをくわえて引き抜いた。バッグのポケットに入れて置いた予備の弾倉を右手だけ使って装填する。その作業の間にもワイヤーを握った左手が滑り、フロアの半分程度の高さを降りてしまっていた。交換終了と同時に南部は発砲した。目の高さに来ていた発振器が、光学部品の破片をまき散らした。
最後の一つを破壊し、南部は、ケージの上に飛び降りた。跪いて倒れているレスキュー隊員を抱え起こした。顔と胴体に焦げた跡があり、一人は首が、もう一人は足が、有り得ない方向に曲がったまま、既に事切れていた。
「クリスマスイブだというのに、家族には誰が伝えるんだろうな……」
南部は、二人を抱え起こして端に寄せ、シャフトの壁に凭れさせた。天井の救出口はボルトで固定されていた。鷲尾から借りっぱなしになっていたプライヤーを開いて、ボルトを緩めた。
「アンダーソン、エレベーターのケージにたどり着いた。レーザーは破壊したから、もう撃たれる事はない。レスキュー隊を寄越してくれ」
——わかった。伝えよう。
南部は、救出口のパネルを外し、エレベーターの中を覗きこんだ。階数を示すボタンの上に、監視カメラが取り付けられていた。扉は閉まっている。
「エレベーターにあるのは監視カメラだけか?」
——いいえ、床に重量センサーがあります、南部博士。
ゴードンが応答してきた。
南部は、ケージの端のスイッチを押した。予想通り扉が動いた。
「とりあえず中に降りよう」
南部は、エレベーターの床に飛び降りた。スーツのおかげで、足にも腰にも大して衝撃は感じない。
「セキュリティ目的で床に重量センサーを入れたのだとしたら、監視カメラの情報に比べて異常に重い何かを持ち込まれないか調べるためと、今通ってきたシャフトへの出入りの有無をチェックするためだろう。侵入者が外へ逃げ出した場合はシャフト内のレーザーで狙撃されるが、そいつは今潰したばかりだ。侵入者が外から入った場合は……多分この先のセキュリティシステムが出迎えてくれるな」
——今のでセンサーに引っ掛かったはずです。いいんですか?
「いや、これでいいんだ。退路を確保しなければならんからな。トリッキーな方法でセキュリティを回避してそのまま残しておいたら、戻ってきた時に犠牲者が出るだろう。それくらいなら、私を不審者と見做して排除しにきてくれた方がいい」
——囮になるつもりか、南部君。
「そんなところだ。で、時間がどれくらいあるか教えてくれ。P4焼却のタイムリミットが、おそらく脱出のリミットだろう」
——爆発が起きたのは、午後三時半ちょうどでした。何もせずにこのまま放置すれば、六時間後、つまり今日の夜九時半に焼却装置が作動します。
「それなら問題は無いだろう。時間は十分ある」
——何もしなかった場合の話です、南部博士。もし、誰かが強引に脱出しようとした場合は、それを食い止めるために、五分以内に焼却が始まります。外から誰かが入った場合もです。
「P4の破壊を回避するには、六時間以内に汚染除去作業を終わらせたことをシステムに納得させろ、ということだな。判定条件を調べておいてくれ」
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