既に公開済みのフィクですが、blogに出した方が読んでもらいやすいというアドバイスをいただいたので、連載形式で出してみます。
初めての方は先に、
- COUNTDOWN (1)
- COUNTDOWN (2)
- 合掌
- 超金属の元ネタはこれか(初代7話)
- 実写版ガッチャマン
- チャット復活しました
- 業務連絡
- 別の意味でもジョーすごいかも(初代 101話)
- 元ネタはMJ?
- 実写映画化ですと
- 小学2年生2月号
- 小学1年生12月号
●PHASE 5 R&Dセンター・地下十階
南部は、廊下を歩き始めた。誰もいないフロアは静まり返っている。
——どうするんだ?
「電気系統の配線用ダクトへ向かう。機械室の鍵を開ければ入れるはずだ。そのあと何処へ向かうべきか教えて欲しい。そちらの監視カメラでわかる範囲でいい」
——十階から十二階までは、カメラはすべて無事で、今のところ人の姿はありません。十三階から十六階までの、機械室から端までの区画の監視カメラは作動していないので、様子がわかりません。十七階と十八階のカメラは無事で、誰もいないようです。十九階は機械室と両隣の部屋のカメラが動いていません。二十階は、P4内部のカメラが一部破損していますが、入り口と通路部分は見えています。廊下のカメラは生きています。
「つまり、カメラが動いていない場所に誰か居るかもしれない、ということだな」
次の一歩を踏み出した瞬間、警報音が鳴った。
『シンニュウシャデス』
繰り返される合成音声が廊下に響き渡った。南部は足を止めた。
バシュッと音がして、天井に埋め込まれたプラスチックカバーがはじけ飛んだ、南部は、床に転がり、移動しながらバッグの中を探った。小型の酸素ボンベを取り出し、口に咥えた。そのまま奥へ走り抜ける。
——南部、どうした!
——催涙ガスと催眠ガスでしょう。IDカードの信号を見張っていて、許可を持たない人間が通れば自動的に作動します。
ゴードンが説明した。
廊下を走りながら南部は、逃げ込めそうな部屋を探して、実験室のドアを引っ張った。それらしい部屋は全て施錠されていた。機械室の隣の物置の扉の鍵は開いていた。南部は中に走り込んで扉を閉めた。酸素ボンベを離して深呼吸した。目を閉じると涙が流れ出た。
「今、機械室の隣だ。このフロアのトラップはワンショットなのか?」
——一度動作すると、天井にセットされたガスカートリッジを使い切ってしまうので、事が終わったら交換になります。
「それじゃあ、多分、今ので終わりだろう。レスキュー隊にこのフロアの換気を頼んでくれ」
——連中は酸欠状態での救助もやっているからな。装備は持っているはずだ。直ぐに手配させよう。おい、どうした?
「ちょっと目にしみてな……もう大丈夫だ」
南部は、涙の滲んだ目で部屋を見渡した。掃除用具や段ボールなどが置かれている。南部は、棚に転がっていた布製のガムテープを持ち、そっとドアを開けた。まだ刺激臭が漂っていたが、短時間なら問題なさそうだった。借りてきたキーで機械室の扉を開け、中に入った。扉を閉めようとした南部は、その手を止めて、扉を見つめた。もう一度扉を開け、扉の枠を眺めた。ノブの部分以外の上下に、穴が開いていた。南部はガムテープを重ね貼りして、穴を塞いだ。さらに、ドアノブ部分の穴もガムテープで塞いでから、機械室の隅の監視カメラに向かって手を上げた。
——南部君、何をやっているんだ?
「受座らしい穴を全部塞いでみた。うかつにドアを閉めたままで、中で何かやったら、閉じ込められそうな気がしたのでな」
配線用ダクトの入り口は、金網でふさがれていた。二、三回蹴飛ばすと簡単に開いた。南部は、懐中電灯を取り出し、中を照らした。
「今、ダクトまでたどり着いた。これから下へ降りる」
●PHASE 6 R&Dセンター・配線ダクト
南部は上半身を乗り出してダクトの下を見た。人一人が通れる丸い通路が遙か下まで伸びていて、梯子が取り付けられている。下から吹いてくる風が妙に熱く、下の方が煙っている。
南部は梯子に取り付いた。
「許可無く入るとガスを出すと言ってたな。センサーの方式は?」
——炭酸ガスセンサーです、南部博士。
「出てくる方も炭酸ガスじゃなかったか?セキュリティというよりは、中に入った人間を問答無用で殺すことを狙っているように見えるが」
——保守点検中に内部に潜り込んだ実験動物を駆除する方が主な目的です。以前、中に入った鼠にケーブルを囓られて停電を引き起こしたことがありまして……。それを後から侵入者対策に転用したんです。
「センサーの位置は?」
——階段を降りているとき、背中側の壁側に箱があるはずです。
南部は後ろを振り向いた。四センチメートル四方程度の四角い箱が壁に取り付けられていた。箱から出たリード線は、筒状のダクトに開けられた小さな穴に入っていた。
南部は、左腕に通したガムテープをちぎって、センサーの空気取り入れ部分にぴったりと貼り付けた。
——南部、レスキュー隊が地下十階の換気を始めた。パイプを伸ばして、ダクトに酸素を送り込むこともできると言っている。
「待て、中の温度がかなり高い。近くのフロアはおそらく火事だ。ここから酸素を供給したらもっと炎上しかねない。万一に備えて、準備だけしておいてほしい」
——内部はどんな状況だ?
「そうだな。一晩も居れば、立派な燻製になれるだろう」
——ガスは大丈夫か。
「カナリアを連れて入りたいところだが、とりあえず大丈夫だ。センサーを潰しながら十三階まで降りる」
——潰すって、何をしているんだ?
「失敬したガムテープを貼り付けているだけだ。炭酸ガス濃度が変わってもバレないようにな。センサーの信号線を切ろうかと思ったが、切ったことを検知されるとまたややこしくなりそうだからやめにした」
——疑い過ぎじゃないのか?
「だといいんだが」
●PHASE 7 R&Dセンター・地下十三、十四階
地下十三階の機械室の構造は、入ってきた地下十階とほとんど変わらなかった。南部は、機械室から廊下に出た。監視カメラの映像が出なくなっている、エレベーターと反対側の端に向かって、廊下が崩落し、露出した梁の一部が斜めになって階下の瓦礫に突き刺さっていた。
「誰かいるかー!」
南部は叫んだ。返事はない。
崩落は5メートル以上に渡っておきていた。南部は助走し、斜めになった梁目がけて飛んだ。梁を蹴飛ばし、もう一度ジャンプして反対側の床に立った。実験室の扉はロックされていた。ドアをノックしたが返事はない。
「十三階には誰もいない。十四階に降りてみる」
瓦礫の隙間から十四階目がけて南部は飛び降りた。倒れている戸棚の上に着地した瞬間、ぐらり、と傾いた。反射的に南部は飛び下がった。
——南部君、どうした?
「どうやらここが、爆発の中心らしい。かなり傷んでいる。下手に歩くと、そのまま床を踏み抜きそうだ。しかしここは一体何の部屋だ?一体何があったんだ?」
壁は崩れ、かなりの部分が下の階に落下していた。薬品棚や工具類を置いていた台がひっくり返って部屋の端まで飛ばされ、梁が断ち切られて外壁から土砂が入り込んだ中に埋もれていた。土砂は、実験室の半ばを埋めただけでは済まず、下の十五階にも流れ込んでいた。ドラフトも吹き飛び、フィルターが散らばって、扉がめくれ上がっている。ディスプレイを備えた分析装置らしきものが床に転がり、割れたブラウン管が虚ろな空間を晒していた。南部は、捻れて曲がったシャーシを目に留めた。付着物に見覚えがあった。指でそっと掬い取る。
「そっちに誰が居る?」
——私と、警備主任。他には警備員やレスキューの隊長や隊員が何人か詰めている。何だ?
「あまり大勢に訊かれたくない話なんだが、受信機を持って部屋の外に出られるか?」
——待て、イヤホーンをつける……、よし、いいぞ。
「アンダーソン、どうやらこれは事故じゃない」
——どういう事だ?
「爆発物の痕跡を見つけた。分析してみないと正確なことは言えないが、多分C4だ」
——何だって?しかしそんなに簡単に持ち込めるものなのか……。
「ここのセキュリティは厳しいが、空港並の荷物チェックやボディチェックをしているわけではないだろう」
——確かに、情報の漏洩には神経を尖らせているが、破壊工作に対するチェックは甘かったかもしれん。しかし、テロなら予告か犯行声明でも出ているはずだ。ISOに対するこのレベルの重大案件は、長官にも私の所にも情報が来るはずだが、何も聞いていない。
「不満を抱いた職員が居たということはないのか?」
——軍事機密も扱うことがあるんだ。身辺調査は十分にしている。
「ISOへの抗議なら、こんな地下十四階を狙うよりも、本部ビルを狙う方がよっぽど楽だしアピールもできるだろう。わざわざここを狙ったのには、何か理由があるはずだ。出入りしている人間をもう一度全員調べ直した方がいいんじゃないか?物理的にC4を持ち込めるのは、ここに入れる人物だけだ」
—–わかった。関係者全員の居場所を突き止めて、必要があれば拘束するように手配しよう。
南部は、もう一度ダクトに入るために、地下十四階の機械室に向かおうとして、足を止めた。防火扉でふさがれた実験室から猛烈な熱輻射を感じた。扉の隙間が赤く輝いている。内部が相当高温だとわかった。扉が保たなければ、近くに居た場合は確実に炎の直撃をうける。南部は、慌てて引き返した。
崩落している隙間を狙って飛び上がり、十三階のフロアへとよじ登った。出てきた機械室にもう一度入り、ダクトに潜り込んだ。
●PHASE 8 R&Dセンター 地下十五階
——監視カメラから姿が確認できた。南部、その地下十五階は原子力工学の実験室への入り口だ。
ダクトから這い出し、廊下に出た南部に、アンダーソンからの通信が届いた。
エレベーターの脇に詰め所があり、その向こうに廊下を挟んで二個所、銀行の金庫のような分厚い扉が作り付けられている。
——ISOがウラン工場を建設するための基礎実験をしている。プルトニウムからウランを製造する。
「じゃあ、あれがプルトニウム貯蔵庫か」
——純度の高いプルトニウム二三九を保管している。
南部は、貯蔵庫の前へと走った。特に異常はない。
「貯蔵量は?」
——監視カメラで見えている三つの保管庫だけで、十キログラム以上ある。精密に作れば、核爆弾を最低一発は作れる量だ。
「それだけあるのなら、破壊工作の目的は、普通はプルトニウムだろうと思うんだが……」
——崩落した反対側の一角にある貯蔵庫はわからんが、見えている貯蔵庫に近寄った者は居ない。
「他にもあるのか?」
——この階の両端と、一つ置いた十七階の両端に保管庫がある。挟まれた十六階は中央に設置されている。
南部は振り返った。建物の反対側の端に通じる廊下は、上の階から流れ込んだ土砂で埋まっていた。仮に、監視カメラが効かない隙を狙って反対側のプルトニウム貯蔵庫を狙ったとしても、これでは持ち出すことは不可能である。
「狙いは別なのか……」
この階から、土砂で埋まった反対側へは行けない。南部は、廊下を駆け、ダクトに取り付いて、もう一階下へと向かった。
●PHASE 9 R&Dセンター・地下十六階
地下十六階は、上から落ちた天井が斜めに通路を塞いでいた。奥へつながる通路には隔壁と扉があったが、隔壁が折れて歪み、扉の部分も曲がっていた。
南部は、転がっていたコンクリート片を手に、ドアを叩いた。規則的に叩くと、反対側から叩き返してきた。
「誰か居るのか!」
『九人です。ドアを開けられなくて……』
南部は、渾身の力を込めてドアを引っ張った。スーツで何割増しかになっている筈の力でも、びくともしなかった。
「アンダーソン、逃げ遅れた人を見つけた。しかし、隔壁が壊れていて開けられない」
——レスキュー隊を向かわせようか?
——待って下さい。大勢で行ったら、侵入検知システムの餌食になります。
ゴードンの慌てた声が聞こえた。
「そんなことだろうと思ったよ。十四階の火事の状況がかなり悪い。急がないと、脱出するまでに燃え広がって退路を断たれるかもしれない。レスキュー隊には、ロープと担架をダクトに降ろす準備をするよう言ってくれ。これから扉を爆破する」
——爆破って、どうするんだ?
「ここは実験室だよ、アンダーソン」
南部は、廊下を走った。案の定警報が鳴った。通路に、ガスの発射口もレーザーも銃口が現れそうな蓋も無いことを瞬時に確認し、スーツで補完された筋力まかせに駆け抜け、薬品倉庫に向かった。借りてきた鍵で倉庫を開け、中に飛び込んだ。
「ここでは主に何をやってる?」
——ウラン製造に関わる全てだ。臨界の制御から、プラントに使う材料の耐久性の確認まで。コンクリートから金属まで、計画中の工場で使いそうなものは全部だ。
「さすがに詳しいな」
——は、こんな時にお世辞か?私だって書類の整理だけしているわけじゃないぞ。
アンダーソンは、次世代のエネルギーの探索の指揮をとっていた。南部が提案したマントルエネルギー利用も含めて、新しいエネルギー利用の提案は全てアンダーソンが目を通すことになっていた。
「金属材料の研究か……。さて、何があったかな?」
南部は呟きながら薬品棚を順番に見ていった。
——TNTなんか置いてはおらんぞ、南部君。
「それじゃない……ああ、あった、これだ」
南部は、2、4、6ートリニトロフェノールの瓶を引っ張り出した。金属を溶かして顕微鏡観察をするのに使われる試薬だが、極めて不安定で、衝撃や摩擦を与えれば簡単に爆発する。その爆発の威力はニトログリセリンよりも強く、爆薬として兵器に使われていたこともある。
セキュリティシステムが動き出した以上、外に出たら何らかの攻撃があるはずである。瓶を片手に扉をあけて、南部は廊下をそっと窺った。
端の部屋のシャッターが開いて、筒状の胴体に半球状の容器をかぶったロボットがぞろぞろと現れた。
「アンダーソン、変なものが出てきた。これは一体何だ?そっちのカメラで見えるか?」
——侵入者を自動的に制圧する装置です。
ゴードンが代わりに答えた。
「何をするんだ?」
——不正に侵入した人、つまり適正なIDカードを持たない人を見つけると、自動的に銃で狙撃します。近付けばスタンガンが作動します。ターゲットの認識のために赤外線カメラを備えています。半球状の部分に三つです。
南部は、ドアの隙間からロボットを観察した。半球状の部分に三個所、赤外線カメラのレンズらしきものが見えた。上の部分はモーターで回転しており、レンズから逃れるのは難しそうだった。方向転換はかなり早いが、スピードはそれほどでも無い。複数の車輪をうまく組み合わせて動いているらしく、動きはなめらかだった。
「銃で狙われる前にひっくり返してやったらどうなる?動きはそんなに敏捷ではないぞ。自動的に起き上がっては来ないんじゃないか?」
——傾きを検知するセンサーを持っているので、外から力を加えて倒せば爆発します。それに、マグナムでもあればともかく、小口径の拳銃では壊せません。
南部は、眉間に皺を寄せて溜息をついた。
「これもデーモン博士の作なのか?」
——そうです。十台単位で、国連軍の施設にも配備されています。特殊部隊を相手に模擬防衛戦をやった時は、結局、火力のある武器で遠距離射撃して破壊するしか対処する方法がなかったそうです。ビルの狭い通路でとれる方法じゃないですから、条件さえ限られれば、かなり手強いとみるしかありません。
「特殊部隊が来たがらなかったのはこれが理由か」
——私も今そう思ったよ。どうするんだ、南部君。
「多分危険なのは一瞬だけだ。何とかやってみよう」
南部は、拳銃の残り弾数を確認した。残り二発。最初を外してももう一度チャンスはあるが、ロボットに追われている状態で二発目を撃つ時間が果たしてあるのか……。ロボットの動きを予想し、自分が動くべきタイミングを頭の中で思い描いた。いくつかのパターンを考えた後、南部は廊下に飛び出した。衝撃を与えれば南部自身が吹き飛ぶ試薬を抱えて、隔壁に向かって全力疾走した。冷や汗が滲む。落ちている天井の先に手を伸ばし、南部はドアの前に試薬瓶を置いた。
「全員、ドアの前から退避して物陰に隠れろ!できればどこかの部屋に入れ!わかったな!」
言うなり、南部は隔壁と反対方向に走った。近付いてくるロボットを、廊下の壁を蹴ってジグザグに飛び越えた。着地と同時にベルトから拳銃を引き抜き、ドアの前に置いたトリニトロフェノールの試薬瓶を狙い撃ちにした。
轟音ともに爆発がおき、壁の一部が壊れ、ドアが破れた。南部は再びロボットを飛び越え、穴に向かって走り、開いた穴から中に転がり込んだ。揃いの作業着姿の研究員達の視線が集中した。ヘルメットにボディラインの見えるスーツにブーツにマント、しかも黒一色では、どう見てもテレビに出て来る悪役の出で立ちでしかない。
「あー、その、恰好はともかく、私は怪しい者じゃない。助けに来たんだ。動けない者は居るか?」
「足を怪我した人が一人……」
踞っていた年配の男性を介抱していた女性研究員が叫んだ。
「解った。手を貸してやってくれ。エレベーターは地下十階で止まっているから使えない。一人ずつ機械室へ行くんだ。配線管理用のダクトに出られる。レスキュー隊が来ているから、指示に従って脱出してくれ。残っているのはここに居る人で全部か?」
「上のフロアに居た人達も、あそこの穴からこちらに……」
別の研究員が、崩れた天井に開いた穴を指さした。
「そうか、それは良かった。土砂に塞がれていて、この上には入れなかったんだ」
「何で、救助隊が来なくて、あなた一人なんだ?」
「いろいろあってな。時間がない。詳しい説明は、上に来ているアンダーソン副長官に訊いてくれ。私はこれから、下のバイオラボまで行って、スタンレー博士を探さなければならない。セキュリティシステムが作動しているが、全員、IDは持ってるな?」
南部は、一同の顔を見渡し、頷いたのを確認した。
「誘導してやりたいが、私はセキュリティロボットに狙われているから、巻き添えになるかもしれない。皆さんとはできるだけ離れるから、各自で機械室まで行ってほしい」
南部は、ロボットの狙いを引きつけるために、再び廊下を駆けた。