証 3
by Ree
研究所の格納庫に収まったグレンダイザーは、TFOを床に置き、大介はメインエンジンを切った。
「ふぅ……」
大介はため息をつき、瞑目しながらシートに身を沈めた。
格納庫の扉が開き、医療班と整備斑がどかどかと入ってきた。
大介は体を起こし、スペイザーのコックピットから飛び出し、身を翻しながら着地した。
立ち上がろうとした途端、体がよろけ前のめりになったが、すぐに立ち上がった。
医療班が、TFOに乗っている甲児を脇から支えてコックピットから降ろした。
「甲児君、大丈夫か?」
大介はヘルメットの風防を上げ、脇を抱えられている甲児を見て小走りに近づいた。
「なぁに、これくらいへっちゃらさ!」
甲児は、空元気をして見せた。
「すみません、甲児君をよろしくお願いします」
大介は、医療班の所員達に頭を下げた。
甲児は、所員の肩を借りて医務室へと向かった。
整備班の所員達が、慌ただしくグレンダイザーを点検し始めた。
「すみません、スペイザーの尾翼をやられました」
大介は、整備班の所員達に故障個所を説明し、あれこれと指示していた。
「申し訳ありません、こんな遅い時間に手間を取らせてしまって……」
大介は、普段ならば既に帰路に就ける時間帯であるのに、徹夜作業になってしまうであろう事を詫びた。
「大介君、大丈夫だ。これが私達の仕事なんだから気にすることはないよ」
所員の一人が大介に声を掛けた。
「メインコンピューターの整備は僕がやりますから、尾翼をお願いします」
「大介君、君は戦闘を終えたばかりなんだから、少し体を休めたまえ。なに、俺達がちゃんと整備するから……」
「ありがとうございます。とりあえず父さんに報告してからまた来ます」
そう言うと大介は、格納庫の扉に向かって走っていった。
観測室に向かう途中、大介は戦闘服を解除し、普段着に戻っていた。
ウィィーン!
観測室のドアが開き、大介が入ってきた。
「あぁ大介、ご苦労だった。怪我は無いか?」
宇門は、メインスクリーンの前の椅子から立ち上がり、大介の労をねぎらった。
「大丈夫です。ご心配掛けてすみませんでした。それより甲児君が怪我をしてしまって……充分注意はしているつもりなのですが、申し訳ありません」
「お前の所為ではない。仕方がなかったのだ。甲児君も近づきすぎた。全く……無茶するなってあれほど言っておいたのに……」
宇門は大介の肩に手を当てて、気にするなと言った。が、その拍子に大介は顔を歪めた。
「ん?お前やっぱり怪我してるんじゃないのか?」
宇門は、心配そうに大介の顔を眺めた。
「いえ、大したことはありません。円盤獣の衝撃の余韻がまだ残っているだけです。大丈夫です」
大介は、笑ってそう答えた。
「今から甲児君の様子を見に行く。お前も一緒に来なさい」
そう言って、宇門はドアに向かって歩き出した。
「父さん、すみませんが、グレンダイザーの整備をお願いしているのです。早く行って手伝わないと……甲児君の様子は後で見に行きますから……」
大介は、宇門の後方から声を掛けた。
「いいから言うとおりにしなさい」
宇門は振り返って、大介にきっぱりと言い切った。
大介は、渋々ついていくしかなかった。
宇門と大介が医務室に入ると、治療台に甲児が寝かされていて、ドクターはてきぱきと処置を行っていた。
「あぁドクター、甲児君の具合はいかがでしょうか?」
宇門は、心配そうにドクターに聞いた。
ドクターと呼ばれる初老の男は、名を中村多聞と言う。この研究所内では唯一宇門より年上である。若カリし頃は、その手腕を買われ国外でも活躍をし、名を馳せてきたが、欲が絡む医療業界に見切りを付け、今ではこの宇宙科学研究所の医療チームのメインドクターとして働いている。
宇門は、このドクター中村に全幅の信頼を置いており、またドクターも宇門の実直さに感銘を受け、この研究所で働くことを決意したのであった。
「所長、心配入りません。頭部を6針縫いましたが、レントゲンも脳波も異常ありませんでした。しばらく安静にしていれば、すぐに回復するでしょう」
ドクターは甲児の頭に包帯を巻きながら、宇門にそう答えた。
「所長、すみません。心配かけちゃって……」
甲児は、治療台に寝たまま宇門に詫びた。
「甲児君、あれほど無茶はいかんと言ったのに……当分は安静にしていたまえ。いいね」
宇門は、またすぐに動き出すであろう甲児に釘を刺した。
「あぁドクター、甲児君の治療が終わったら、大介も診てやってもらえませんか?」
「父さん、僕は大丈夫です。忙しいドクターの手を患わせるほどの事はありませんから……」
大介は、慌てて宇門を制した。
「大介、言うとおりにしなさい。何も無ければそれで安心出来る」
宇門は大介に向かって強く言い聞かせた。
「こちらはもう終わりましたよ。大介君、上着を脱いでそっちの椅子に座りなさい」
そう言われると、大介は仕方なく上着を脱いで椅子に座った。
大介の裸の上半身を見るや否や、宇門は顔をしかめた。
電流を受け続けた所為か、体全体が重度の日焼けの様に赤く、ミミズ腫れが縦横無尽に走っていた。左肩口は、火傷をした様に大きな水泡が赤く腫れ上がっており、胸部は度重なる強打により所々内出血が見られた。
「大介!何が大丈夫なのだ。そんなにひどく腫れていて……」
「あぁ父さん、これくらい何ともありませんよ。ほっといてもすぐに治りますから……」
「大介君、傷を甘く見ちゃいかん。ちゃんと治療しなさい」
ドクターはそう言うと、大介の体を診察し始めた。
「ふむ、肋骨の骨折はなさそうだな。しかしここまでひどい衝撃波を受けておきながら、よくこれで済んだもんだな」
ドクターは、大介の体を診ながら感心していた。
「あの戦闘服は、防護機能が高いんです。だから少々の衝撃でも耐えられるんです」
「大介!いくら防護機能がいいといっても、それだけの傷を負うんだ。もっと体を大事にしなさい」
宇門は人のことばかり気にしていて、いつも自分を後回しに考える大介を窘めた。
「すみません、父さん」
大介は、頭をかきながら、心配そうな顔つきの宇門に詫びた。
「とりあえず、抗生剤を塗っておこう。肩口の傷は放っておくと悪化するぞ。完治するまで毎日ちゃんと手当しに来なさい。いいね」
ドクターは、抗生剤の入った薬をガーゼに染みこませ、肩の傷に乗せて包帯で固定した。
「ありがとうございます。手間を取らせてしまって申し訳ありませんでした」
大介は傷が痛むのか、少し顔を歪めながらドクターに礼を言った。
「ああそれから、ここしばらく検査をしていなかったな。採血するから腕を出したまえ」
大介はフリード星人であるが故、地球での生活が体に変調を来すことがしばしばあったため、ドクターは定期的に血液検査等を行っていた。
大介は右手を出し、ドクターは血液検査用の小さい試験管に大介の血液を採取した。
「ふぅ……ドクター、ありがとうございました。無茶ばかりする者が二人もいると大変ですな」
宇門は深いため息をつき、てきぱきと治療をこなすドクターに礼を言った。
「父さん、あの、もう行ってもいいでしょうか?」
大介は、はやる気持ちを抑えつつ宇門に尋ねた。
「大介、だめだ。グレンダイザーの修理は整備班に任せて、お前はもう休みなさい」
「いえ、そう言うわけにはいきません。僕の所為で、みなさん徹夜作業になってしまうのです。僕だけが休むわけにはいきません」
大介はそう言って、これ以上は宇門の同意を得られないと思い、ドアに向かって掛けだしていった。
「待ちなさい!大介!」
宇門は大介を制したが、大介はそのまま走り去っていった。
「はぁ……あいつは、いつも他人の事ばかり気遣って無理しすぎる。もっと自分を大事にしてくれればいいものを……」
宇門はまたため息をつき、大介の身を案じた。
グレンダイザーの格納庫に向かった大介は、整備班と一緒に破損した尾翼の修理を行っていた。
グレンダイザーのボディは地球上に存在する金属では無いため、簡単には整備が進まない。溶接一つを取ってみても困難を極める。研究所の所員達は有能だが、それでも大介の指示が無ければ、なかなか思うように進まないのだ。
大介は率先して事を進め、休み無く走り回っていた。
「おーい大介君。少し休憩しないか?」
整備班のリーダーである山本が大介に声を掛けた。
「申し訳ありません。こんな遅くまで作業をさせてしまって……今日はここまでと言うことで、みなさんは休んでください。後は僕がやりますから……」
大介は、時計に目をやりながら申し訳なさそうに山本に応えた。
「何を言ってるんだ。君一人では到底無理だ。俺達はそのために居るんだから、気にするんじゃない」
山本は、常に自分たちに気を使っている大介に言葉をかけた。
「では、コーヒーでも持ってきましょう。ちょっと取りに行ってきます」
そう言って大介は扉に向かって走って行った。
「ふぅ……そんなに気を使わなくてもいいのに……損な性分だな、彼も」
山本は一番疲れているであろう大介が、そんな素振りもみせず動いているのを見て、彼の心根の深さを思った。
大介がラウンジでコーヒーを淹れていると、肩口の傷がキリリと痛んだ。肩に手を置き、大丈夫だ……と自分に言い聞かせた。
コーヒーが入ったカップを数個トレイに乗せてやってきた大介は、一人一人の労をねぎらいながらカップを渡した。
「もう少し、短時間で修理が行えるように、もっと大がかりな機械を設置した方がいいですねぇ。これではみなさんに、いつも迷惑を掛けてしまう」
大介は、自分もコーヒーカップを手にしながら床に腰を下ろした。
「あぁそうだな。これでは時間がかかりすぎる。いざと言うときに間に合わないことも、あるかもしれんな」
山本は、コーヒーを口に運びながら大介の案に同意した。
「しかし、俺達はなかなか経験出来ない貴重な仕事をさせてもらってますね」
整備班の一人が楽しそうに応えた。
「ほぉ、なかなか面白い事を言うねぇ。こんな仕事は他では出来んからなぁ。ははは!」
山本も同意して大声で笑った。
その笑い声を聞いて、大介は少し安堵した。
その後、整備班の所員達は、それぞれ和気藹々と雑談をしていた。
「ん?大介君?」
大介は壁に身体を預け眠っていた。
「おい、大介君。こんな処で寝たら風邪ひくぞ」
所員の一人が大介に声を掛けたが、大介は一向に目を覚まさなかった。
「ったく……こんなにくたくたになるまで働かなくてもいいのに……馬鹿なヤツだ」
山本は大介の寝顔を見て、そうつぶやいた。
「おい、毛布を持ってきてやれ。しばらく寝かしてやった方がいいだろう」
山本は所員の一人にそう言うと、大介を横たわらせて持ってきた毛布を被せてやった。
カッチャーン!
所員の一人が、道具を床に落とした。
(はっ!)
大介は、その音に目覚めた。身体には毛布が掛けられていて驚いて飛び起きた。
「すいません。いつの間にか眠ってしまったようです」
大介は、罰が悪そうにそう言うと毛布を畳み側に置いた。
「大介君、君は疲れているんだ。後は我々に任せて休みたまえ」
山本は、振り返り大介に諭すように話した。
「いえ、僕はもう大丈夫です。みなさんも少しお休みになった方が……」
「あぁ、そうだな。大体の目処はついたし、今溶接が完了したところだ。次の作業に移るには、少し機体を冷やして落ち着かせた方がいいだろう」
「おーいみんな、とりあえず作業は中断して朝飯にしようぜ。少し仮眠してからまた作業再開だ。いいな」
山本は大声で所員達に声を掛けた。
所員達は、おー!と片手を上げ、各々部署を離れて集まってきた。
「徹夜明けの飯はうまいぞー!ははは!」
所員の一人が声を出して、笑いながら格納庫を後にしていった。
「大介君、君も朝飯にしようぜ」
山本が大介に声を掛けた。
「ありがとうございます……はっ!しまった!」
大介は腕時計に目をやり、大声を上げた。
「すみません、牧場に行かなければなりません。どうぞ、みなさん食事してください。僕はちょっと出かけてきます。帰り次第また手伝いますから……」
そう言うと大介は格納庫を出ようとした。
「待ちたまえ、大介君。そんなに疲れていて牧場の仕事は無理だろう。今日は休みたまえ」
山本は、慌てて出かけようとする大介の腕を引っ張った。
「大丈夫です。それに昨日、仕事を途中で放り出して来てしまったのです。きっと団兵衛さんが怒ってるに違いない。だから行かないと……すいません、なるべく早く戻ってきますので」
大介はそう言うと、格納庫を出て小走りに走り去った。