マジンガー博士達の物語(Frauゆどうふさんへ) 邂逅 ------Accident------
● 1 一二月一三日一一時一五分
伊豆沖の火山帯の島の一つである明神島に警報が鳴り響いた。建設中のメガフロート構造の科学要塞研究所の足場に取り付いていた作業員達が一斉にその手を止めた。
兜剣造は事務所兼指揮所になっているプレハブの建物に駆け込んだ。机の上に並んだディスプレィに、急ごしらえのレーダーの映像が出ていた。
「何があった?」
「飛行物体が接近してきます」
「攻撃か?」
「発射地点は不明ですが、本州からでしょう。あと、ちょっと前から強力なXバンドの信号を受信してます」
ヘッドセットをつけたまま、所員Aが報告した。
稼働中のレーダーでは、本州沿岸まではカバーできても、内陸の様子まではわからない。
「速いな」
「音速越えてますぜ。サイズは……六十メートルってとこですかね」
「こっちに向かってきてるのか?」
「いえ、上昇を続けています。このままだと明神島の上を跳び越えて太平洋に墜落するでしょう」
「こっちに被害が及ばないなら、気にせず建設作業を続行するぞ」
言い終えた途端、明るく輝いていたレーダーの信号が消えた。ノイズレベルと変わらない、弱い輝点がいくつも表示された。
「消失[[ロスト]]しました。どうやら爆発したようです」
兜は、双眼鏡をつかんで外に飛び出した。飛行物体がやってきたのはほぼ東。見上げたその目に、上空に生じた煙の中から、光芒を引きながら落下してくるいくつもの物体が見えた。双眼鏡で見ると、一緒に無数の小さな光の玉が白煙を引きながら降り注いでいた。
危険が無いことを確認し、兜は事務所に戻った。マイクを取り上げ、作業員に呼びかける。
---飛行物体が接近したが、爆発して海に落ちたようだ。危険はない。作業を続行してくれ。
「兜博士、今のは一体何だったんですかね?」
「わからん。研究所のレーダーが完成すれば、最初から追跡できただろうが……」
兜は、窓から建設中の研究所を見上げた。海に浮かぶ基礎構造はほぼ完成していたが、上部は骨組みができているだけだった。管制機能を持つはずの最上部も同様で、アンテナの取り付けには暫くかかる見込みだった。
クリーンな光子力エネルギーを取り出すことができるジャパニウムが、富士山麓の地下から発見されたのは、兜がまだ大学に入る前のことで、発見者は父の兜十蔵博士だった。その後、兜はロボット工学を修め、留学し、帰国してからは父が新規に立ち上げようとしていた光子力研究所に加わるつもりだった。しかし、新型の光子力反応炉の爆発事故で妻と自身の体を失った。十蔵博士の手術で奇跡的に甦ったものの、脳と脊髄の一部を除いて、全身機械のサイボーグとなってしまった。
十蔵博士は、近い将来、地球の先住民族であるミケーネが人類を滅ぼすために動き始めるだろうと予測していた。兜も独自に調査を行った結果、同じ結論に到達していた時期でもあったので、表向きは死亡したことにして同志を集め、伊豆沖の明神島で密かに迎撃の準備を進めていた。グレートマジンガーとビューナスAという人型巨大ロボットを完成していた。同時に、パイロットの素質を持つ剣鉄也と炎ジュンを引き取って訓練を続け、基地となる科学要塞研究所の建設を進めていた。
「ところで、ジャパニウムの補給をどうしましょう?」
「足りなくなりそうならそろそろ採掘しに行くか」
ジャパニウムは、富士山麓に建設された光子力研究所が厳重に管理していた。とはいえ抜け道は何にでもあるもので、兜たちは、十蔵博士の手引きで、樹海の地下坑道を通って鉱脈にたどり着くルートを確保していた。
「あまり目立ってもまずい。明後日あたりに分散して出よう。私は、科学要塞研究所の建設予定地も確認しておかないといけないし」
● 2 一二月一五日一八時二〇分
兜と所員達数名の乗った大型のクルーザーは、伊豆半島を目指して進んでいた。ジャパニウム採掘のため、漁船を装った輸送船は既に出航していた。
海はかなり時化ており、キャビンの中は真っ直ぐ歩くのが難しかった。小部屋に分けられたキャビンの半分は通信と海底探査の装置で埋め尽くされていた。万が一に備え、乗り込んでいる所員達はライフジャケットを着用したまま、後ろのラウンジに集まっていた。兜も、普段の詰め襟の長い白衣は着用せず、サイボーグ体の上に薄い黒色のシャツを着て、オレンジのライフジャケットを着けていた。
「もう、みんな船には慣れたようだね」
「所長、何回も海の上を行き来してますからね。さすがに慣れないとやっていけない」
所員Bが答えた。兜は、窓から外を見ようとしたが、外は暗く、額に傷を負った自身の顔が映るのを見ただけだった。
いきなり急減速する加速度を感じて、所員達は作り付けのラウンジのテーブルに掴まった。
「救難信号です、所長」
スピーカー越しに声が響いた。兜は立ち上がり、通路を走って、前方の操舵室に駆け込んだ。
「あそこです」
所員Eが指さした。
「何も見えないぞ」
「うねりが邪魔してるんです。ゆっくり近付いてみますよ」
何度か船が上下し、波の上から前方を見下ろした時、点滅する白い光が見えた。
「どうします?所長」
所員達は極秘裏に行動している最中であった。発見されることは極力避けなければならない。
「しかし、見捨ててもおけんだろう。この冬の海だ」
「生きてるんですかね」
「わからん。とにかく近づけてみてくれ」
「了解。側面に回り込みます」
兜は、キャビンに戻ると、横の入り口を開けた。打ち付けるしぶきがキャビンに飛び込んだ。
「誰か居るかもしれん。とりあえず引き上げよう」
「船が転覆したってニュースは特に無かったですよ」
「ロープを用意してくれ。私が出よう」
手早くハーネスを身に付け、兜は外に出た。
「振り落とされないように気を付けろ」
救命浮環を取り出しにかかった。
「もっと近づけろ!」
叫ぶ声が波にかき消された。取り舵のままで点滅する光に回り込むようにクルーザーが近付く。光は、小さなブイに取り付けられた光源からだった。そのブイのすぐ脇に、人の姿が見え隠れしている。
「つかまれ!」
大声をあげて兜は救命浮環を投げた。だが、人影は動かない。
「掴まる力も無いのかも知れない……」
所員Aが呟いた。兜は柵を乗り越え、海に向かって飛び込んだ。ライフジャケットのおかげで沈まずに済む。救命浮環へとつながるロープを持って、人影に向かって泳いだ。
手が触れた時、相手はダイビングのフル装備だとわかった。しかし、呼びかけても反応がない。兜は、ボンベを固定しているハーネスを右手で掴み、左腕を救命浮環に通した。
「引き上げてくれ!」
所員AとBが力一杯引っ張ったおかげで、クルーザーの脇まで戻るのに三分とかからなかった。上から二本のロープを下ろし、腰のベルトに引っかけて、二人がかりでダイバーを引き上げるのを見届けてから、兜はロープを登った。
● 3 一二月一五日一九時四五分
キャビンでは、既に所員AとBが、ダイバーの背負うボンベを外していた。フィンやマスクをはぎ取り、鮮やかな黄色のBCDを脱がせた。
「生きてるのか?」
兜は訊いた。
「ええ、息はあります」
所員Aは手袋を脱がせようとしたが、手袋はスーツと一体になっていた。
「ただ、寒いところに長時間居たので体力を消耗しているようです」
ダイバーはシェルタイプのドライスーツを着用していた。汚染海域での作業にも耐えられる代物である。
「どう見ても、何かの作業をしていたとしか思えないんですが」
「密漁じゃないだろうな」
所員Bが茶々を入れた。
「この時化に、こんな沖合でダイバー一人でか?自殺するようなもんだと思うけど……」
「とにかく奥の部屋のベッドに寝かせて暖めよう」
兜は、ダイバーを抱え起こしてシェルスーツのフードを取り、ファスナーを開いた。脱がせてみると、半袖の上衣とズボンを着ていることがわかった。詰め襟の上衣であったため、襟の部分から少し海水が入ったらしく、胸のあたりまで濡れていた。年齢は兜とさほど変わらず、短い髪に口ひげの精悍な男性だった。だが、唇の色は青ざめ、顔色も蒼白である。兜は、ダイバーを抱きかかえて立ち上がった。所員Aが先に立ち、仮眠室の扉を開けた。
兜はダイバーをベッドに横たえ、毛布を掛けた。エアコンを入れて室温を上げた。
「しばらくこのまま様子を見よう」
「誰かついてなくていいんですか」
「体が冷え切っているだけで、呼吸も脈拍も安定している。それに、付き添ったところでこの船の設備では出来ることはほとんど無いしな」
● 4 一二月一五日二〇時一〇分
兜は、ダイバーから外した装備を調べていた。ボンベやレギュレータ、ナイフといったものは普通の市販品のようだった。次にシェルスーツを持ち上げてみてその重さに驚いた。放射線防護用のエプロンと同じ素材で裏打ちされていた。汚染された水の中で作業できるどころか、耐放射能まで考慮しているスーツは、通常のダイバーが使う代物とは思えなかった。しかし、所属組織の名前や階級はどこにも示されていないことから、海上保安庁や軍の関係者では無いことは確かだった。フードの内側に付けていたインカムや、腕に付けていた小型のコンピュータも見慣れないものだったし、その上線量計までぶら下げていた。救難信号を出すために引っ張っていたブイは、光だけではなく電波も同時に出しており、戦闘機のパイロットが洋上で使うものに匹敵する性能のものだと兜は判断した。
「どうも民間人を助けたって気がしないんですが、一体何者なんですかね」
所員Aは、ダイバーが腕に付けていたコンピュータらしきものを触っていた。ボタンを押すと、何かの信号を受信し始めた。数秒で緯度と経度が表示された。キャビンの隅のディスプレイに出ている表示と同じであることを確認してから、所員Aは兜に向かって付きだした。
「ポジショニングシステム、それもどっかのビーコン捕まえてるみたいです。電波灯台か衛星かはわかりませんが」
「一般人の持ち物じゃないですね」
所員Bが覗きこんだ。
「話せる状態になったら、本人に訊いてみるしかないだろう」
「で、その後どうするんです?本土の方じゃ我々は行方不明になってるし、所長に至っては死んだことになってるんですよ」
「秘密が守れないようなら、気の毒だが彼にも時期が来るまでは失踪してもらうしかないかもしれんな」
失踪、とは、明神島で身柄を預かることを意味する。強制労働をさせるつもりは兜にも無かったが、本人が希望すれば仕事を手伝わせてもいい、と考えていた。
「我々は志願して兜所長についてきたからいいんですが、彼には気の毒じゃないですかね。せっかく命が助かったというのに……」
「だが、機密保持が最優先だ。それに、あのまま見捨てて死なせるよりはマシだろう」
「しかし、この装備ですよ。もしかしたら、仲間が近くまで探しに来ていたかも知れない……」
「近くに別の船は居るか?」
兜はマイクで操舵室に呼びかけた。
『いや、見当たりません。定期航路の方はいつも通りのようですが』
スピーカー越しに返事があった。
「とにかく、彼の意識が戻った後は、兜所長は姿を見せない方がいいかもしれませんね。我々だけならごまかしも効くでしょう」
「それは私も考えているよ。さっきは暗かったし、気を失っていたようだからこれには気付かなかっただろうが」
黒いシャツを着ていても、その下が生身の体でないことは一目瞭然だった。兜は自身の手を見つめた。
● 5 一二月一五日二一時三〇分
部外者を入れてしまった以上、船自体が発見されない方が好都合である。クルーザーは速度を落として、一応、目的地に向かってはいた。
キャビンの扉が開いた。扉にもたれるようにして、さっき救助したダイバーが入ってきた。当分起きてはこないだろうと思って油断していた兜とまともに目が合った。
「水をいただけませんか?」
「ついでにこれも飲んでおいた方がいい」
兜は水と、酔い止めの薬を差し出した。
「助かります。海には不慣れなので」
専門家しか使わないようなダイビングの装備に似合わない台詞だと兜は訝った。
「落ち着きましたか?ところで何とお呼びすればよろしいですか?」
「私は宇門といいます。あなたが助けてくださったのですね。差し支えなければどこのどなたかを……」
「申し訳ないが、事情があって今は名乗ることができません。我々がここに居ることも知られたくはないのです」
持ち主不明の船に救助され……というシチュエーションで押し通すことはとっくに無理となっていたが、それでも正体につながる情報を与えることは避けなければならない。名前を明かさないことで怪しまれるには違いないが、逆に、宇門に対して置かれている状況を悟らせる効果はあったはずである。後は、実効性のあるやり方で秘密保持をさせるか、このまま明神島まで連れて行くかのどちらかしか選択肢はない。つまり、脅迫と拉致の二択しかない。救助されて安堵している宇門に、さて何と言って切り出そうか、と兜は迷っていた。
「それでは、ネモ船長、とでもお呼びすべきでしょうか?」
確かに、海洋冒険小説に出てきそうなシチュエーションではある。
「別に、やましいことをしているわけではないのですが、いろいろ都合がありまして」
「助けてくださったのだから、ひとまず貴方を信用するしかなさそうですね」
兜の悩みをよそに、宇門は勝手に納得していた。
「それで、貴方は……」
宇門はそこで言葉を切って、兜の機械の体をまじまじと見た。
今でこそ、所員達はこの姿を自然に受け入れているが、兜が機械の体になったことを知った時の所員達の驚きは相当のものだった。兜自身も、既に人ではなくなった体を自分の息子達の目に触れさせる決心はまだついていなかった。
「地球人ですか?それとも地球外生命体ですか?」
東京都出身か埼玉県出身か、と訊くような調子で宇門は言った。
この姿を見て、ロボットなのかと訊かれるのならまだわかる。人外の者、と見られるかもしれないという予想もしていた。しかし、一体どうしてそういう質問になるのか、兜には理解できなかった。
「その体が何かの衣装ではなく、本当に中まで機械なのだとしたら、地球上の技術で実現したと考えるにはかなり無理がある。ですからお訊きしたのです」
絶句した兜の心の内を見透かしたように、宇門は淡々と説明を加えた。
「---私は地球人、それも日本人です」
「ふむ……ファーストコンタクトがそうそう簡単に実現するとは思ってはいなかったし、まあいいか……」
宇門は、今度はあからさまな好奇の目を兜に向けた。
「その体は本当に中まで機械なのですか?」
「そうです」
「しかし、あなたの受け答えは人間そのものだ。これはチューリング・テストなんですか?」
チューリング・テストとは機械が知的であるかどうか、つまり人工知能であるかどうかを判定するテストである。
「事故で体の大部分を失ってしまったので……」
仕方なしに兜は答えた。このまま黙っていたら人工知能にされかねない。
「では、脳以外が機械だと……すばらしい!サイボーグが実現していたのか!」
宇門の表情が驚嘆から賞賛に変わった。
「一体どこの誰がそんなことを?貴方をその姿にした人を紹介していただけませんか?私には、あなたのような体が必要なんです」
「---いや、それはできません」
瀕死の息子を甦らせるためだったとはいえ、十蔵による手術自体が非合法である。それよりも、進んでサイボーグになりたがる人間が目の前に居ることの方が、兜には信じられなかった。
「そうですか……他にサイボーグを作る技術が出回っていない所を見ると、本当に秘密のうちに作られたものなのですね。確かに、人を機械にするとなると、非人道的だと非難する人も多いでしょう。でも、必ず必要になる技術ですから、今を耐えて研究を続けるように伝えてください」
「なぜ、サイボーグが必要なんですか?」
「宇宙へ出るために」
宇門は即答した。
「脳だけを生かしておけば良いのなら、この体全部を生かすための物資よりはるかに少ないものを運べば済みます。それに、極端な温度差や真空、放射線にも耐えて動き回れる体は、地球の外で生きるには理想的なのです」
「何か宇宙関係の仕事を?」
会話の内容からして、宇門はどう見ても研究者か技術者である。明神島に連れて行けば、貴重な戦力になるかもしれない。
「ええ」
「それがどうして、こんな悪天候の日に、航路からも外れた場所を漂流していたんですか?」
所員達も宇門を見つめた。
「一昨日しくじった打ち上げの後始末です。地球外へ向けて探査機を飛ばすはずが、ブースターの切り離しに失敗、途中から姿勢制御も怪しくなったので、他に被害が出る前に指令破壊しました」
この間の作業中の警報の原因はそれか、と兜は納得した。
「広い範囲に部品をばらまいたようですね」
「チーム総出でその部品を引き上げにきていたのです。スイングバイを繰り返しながら太陽系外へ向かう探査機は、放射性同位元素[[アイソトープ]]が燃料源です。それも回収しなければならなかった」
「それであんな防護スーツを?」
「ええ。あらかた作業が終わり、何か残っていないか最後の確認をしていたとき、海底火山からの温水の噴き出しの影響で、海底の流れに巻き込まれて、遠くへ流されてしまいました。何とか抜け出して浮上したら、上は時化で、何も見えない状態だった。少々海を甘く見過ぎたようです」
「沈んでしまったのなら、天候が良くなるまで待てばいいのに」
「ロケットや探査機の技術は、軍事技術だと見なされる面もあり、横やりが入る事も多いのです。他の誰かに持ち去られる前に、確実に回収して失敗の原因を突き止めたかった」
「そんな危険を冒してまで……」
「物理法則や技術には、ごまかしも妥協も不可能です。宇宙は力のない者、素質のない者を拒む」
宇門の左腕の通信機のLEDが点滅し、電子音が鳴った。
---所長、ご無事ですか?
「ああ。流されたが、通りかかった船に救助された」
---だいぶ離れてしまいましたが、そちらに向かいましょうか?
「いや、回収したものを運ぶ方を優先してくれ。私は適当に送ってもらって帰るよ」
宇門は通信を切った。
「所長……?」
「宇宙の謎を解き明かし、地球外生命体を探索するために、私は宇宙科学研究所を設立しました。天文台兼航空宇宙技術工廠[[エアロスペースインダストリー]]として活動しています」
宇門はそこで言葉を切り、兜を正面から見据えた。
「私と一緒に宇宙へ出る気はありませんか?」
いきなりスカウトされて、兜は返事につまった。明神島に連れて行こうかどうしようか迷っていたのは自分の方であったはずなのに、これでは立場が逆である。
「私には、しなければならないことが別にあります」
「貴方が何をするつもりなのか、私にはわかりません。詮索するつもりもない。ただ、返事は今すぐでなくてもかまいません。私はこれから打ち上げの実績を重ね、数年先には軌道ステーションの建設をするつもりです。その頃に、もし可能であれば、本気で考えていただきたい」
● 6 一二月一五日二三時四〇分
宇門が仮眠室に戻った後のキャビンで、兜も所員達も黙り込んでいた。
「で、どうします?所長。このままにしておくんですか?」
所員Aが訊いた。
「それしかないだろうな。明日の朝、適当な海岸か港で降ろそう」
「秘密が漏れませんか?」
「宇門所長のチームは、おそらくこちらの位置を完全に把握している。それでも宇門所長がチームを呼ばなかったのは、人目につきたくないという我々の意思を尊重したからだろう。それなら、信じるしかあるまい」
「しかし、徹底的にマイペースな人でしたねぇ……」
所員Bが呆れたのを見て、兜も苦笑した。父である十蔵の天才ぶりも、愛弟子の弓博士達の秀才ぶりも見て知っていたが、宇門は最初から別次元の住人にしか見えなかった。
「ロボットを作ったりビルを建てたりといった程度なら、民間企業でも可能だ。だが、ロケットの打ち上げとなるとかかる費用の桁が違う。そんなものをどうやって民間だけで実現しているのかが謎だな」
「所長がスカウトされるところなんか、始めて見ました。所長が誰かを知っても、やっぱりスカウトするんでしょうかね?」
「どうも、その程度で態度を変えそうには無かったがね。もう遅いし、我々も交代で休もう」
● 7 一二月一六日九時〇〇分
兜は、科学要塞研究所の建設予定地の近くの港で宇門を降ろした。宇宙科学研究所からは特殊バスが迎えに来ていた。装備の積み込みを所員Aが手伝った。
人目を避けるため、仮眠室に籠もっていた兜の所へ、宇門がやってきた。
「何かお礼をしたいが、受け取ってもらえる状況では無さそうですね」
「できれば、我々のことは当分忘れていただきたい」
「時期が来れば、またお会いできるということですか」
「---ええ、時期が来れば」
宇門はしばらく考え込んだ。
「ロケットの破壊を目視できる陸地は限られています。衛星から地表を観測することも技術的には可能だ。だが、我々は宇宙にしか興味がありません」
詮索はしないという意思表示だと兜は受け取った。
「宇宙は資質無き者を、残酷なまでに拒みます」
宇門は、兜の左肩に手を置き、右手で握手を求めた。
「だが、宇宙はあなたを選ぶはずだ。忘れないでいただきたい」
宇門が扉を閉めて去った後、兜はその場に立ちつくしていた。