UFOロボ・グレンダイザー第56話パロディ 危機を呼ぶエロ博士!
● PHASE 1 シュバイラー邸、玄関
円盤獣を撃退した後、宇門博士、大介、甲児、マリア、ひかるは、揃ってシュバイラー邸に向かった。恩師であるシュバイラー博士の利き手が違うし、眼鏡を振り回す癖も無かったことに宇門は後から気づいた。賛成してくれていた筈のスペースアイ計画に、理由もなしに急に反対を唱えたことからも、何かあったに違いない。シュバイラー邸に踏み込んだ宇門達が見たものは、口を塞がれ、両手両足を縛られたシュバイラー博士と秘書のエルザだった。
「博士を殺されると脅されて、本当のことが言えませんでした」
謝るエルザを咎めることなど、宇門にはできなかった。
スペースアイを各国で打ち上げることに合意が得られなかったばかりか、試験的に宇門が上げたものも国防軍に破壊されたことを知ったシュバイラーは、何という愚かなことを……と言ったきり絶句した。
「それではこれで、私達は失礼します」
宇門は早々に引き上げようとした。
「待ちたまえ、宇門君。久しぶりに会ったのだ。二、三日こちらに滞在してはどうかね?」
「しかし、ベガ星連合軍がいつ攻撃してくるかわかりません。何かあった時には私が居ないと……」
「相変わらず生真面目だな君は。少しは息抜きをしないと保たないぞ」
「はあ、しかし……」
「航空券[[チケツト]]の予約は必要ないのだろう?」
宇門たち一行は、日本から自前のスペイザーで直接飛んで来ていた。
「ぜひ泊まっていってください、宇門博士」
エルザにも言われて、宇門は、大介と甲児の方を見た。
「父さん、もう遅いし、泊めてもらってはどうでしょう?何かあったとしても、スペイザーとグレンダイザーのフルスピードで飛べば直ぐに戻れますし……」
「博士、大介さんの言う通りですよ。それに、以前はここに留学なさってたんですよね。シュバイラー博士とはいろいろ思い出話もあるんでしょう?」
甲児にも言われて、宇門は決心した。
「じゃあ、一晩お世話になります」
「そうと決まったら、エルザ、応接室にお通しして、まずはコーヒーでも淹れてあげなさい」
● PHASE 2 シュバイラー邸、応接室
「こちらが息子の大介と娘のマリア。こちらは、兜甲児君。NASAで学んだ後、私のところで研究員をするために来てくれました。それから、近くの牧場主の娘の牧葉ひかるさんです」
宇門はシュバイラーにダイザーチームを紹介した。
「大介です、よろしく」
「マリアです。先生、初めまして」
「おお、初めまして。活発そうな娘さんだ。ヨーロッパ人とのハーフかね?しかし、宇門君、一体いつ結婚したのかね?私に何も連絡しないなんて、水くさいじゃないか」
「……あー、その……」
大介やマリアの出自については、相手がシュバイラーであっても本当のことを明かすわけにはいかない。言葉に詰まった宇門を見て、甲児が身を乗り出した。
「兜甲児です。初めまして。宇門所長の先生にお会いできるなんて光栄です」
「そう言ってもらえると嬉しいねぇ。で、そちらの娘さんは」
「牧葉ひかるです。初めまして」
「黒髪、黒い瞳。純粋な日本人ですね。実にお美しい。会えて嬉しいです」
シュバイラーは、宇門と話す時は英語とドイツ語が半々だったが、それ以外のメンバーには英語で話しかけていた。ひかるの語学力でも、シュバイラーがひかるの容姿を誉めていることはわかった。
「ああ、そうだ。エルザ、あの服をひかるちゃんに着せてみなさい。あれはやはり日本人の方がいいだろう」
「そうですね。ひかるさん、ちょっとこちらへ」
呼ばれてひかるは立ち上がった。そのままエルザの後をついて、応接室を出て行った。
「服って、何です?」
甲児が訊いた。
「まあ、見ていなさい」
シュバイラーは、甲児と宇門の方を向いてウインクして見せた。
三十分ほどして、エルザがひかるを連れて入ってきた。ひかるは、和服に着替えていた。柄といい、着こなし、特にうなじの部分の見せ具合は、どう見ても芸者の衣装であった。
「おお、やはり黒髪の日本人が着ると着物は映えるなぁ。ワシが見込んだとおり、美しい娘さんじゃ……ビューティフル・ゲイシャ・ガール!」
「きれいだよ、ひかるさん」
甲児が言った。
「まあ……」
ひかるが頬を赤らめた。
「いいわねー、私も着てみたいわ」
マリアは、大介を見上げた。大介が微笑んだ。シュバイラーは立ち上がり、ひかるの両手を握った。
「ぜひそのエキゾチックなスタイルで、私に日本のことを教えてくれませんか。あ、そうそうマリアさんもぜひ一緒に」
「ええ。喜んで」
ひかるは頷いた。
「えーっ、私まで?」
「マリア、父さんの恩師だし、きちんと応対するんだ。日本で育ったんだから、日本のことを教える位はできるだろう?」
「兄さんが言うなら仕方ないか」
マリアはしぶしぶ納得した。エルザは、シュバイラーに両手を握られてはにかんでいるひかるを見て呟いた。
「シュバイラー先生に頼まれて、普段は私が時々着ていますのよ。でも、やっぱり日本人には敵わないわ」
「普段……ですか」
宇門は目を見開いた。「シュバイラー博士[[せんせい]]、あなたは秘書を自宅に置くだけでは足りず、ゲイシャのコスプレまでさせているのですか?」とはさすがに訊けず、テーブルの上のブラックコーヒーとともにその言葉を飲み込んだ。
● PHASE 3 シュバイラー邸、書斎
ひかるとマリアは、シュバイラーの書斎に呼ばれ、机の上の本を一緒に覗きこんでいた。親日派のシュバイラーは、英語やドイツ語で書かれた日本事情の本を何冊も持っていた。写真を指さして訊かれるたびに、ひかるは辞書を片手に何とか説明をした。シュバイラーは、ひかるの後ろから腕を回し、ひかるを抱えるような恰好で、ひかるの前に置いた本のページをめくっていた。ひかるが何かを説明するたびに、大げさに喜び、肩を叩いたり抱き寄せたりした。
「いやー、しかし日本には美女が多いのう……」
日本の観光案内の、有名な温泉の露天風呂の写真を見ながらシュバイラーは言った。髪が濡れないように手ぬぐいで覆い、胸から下を湯につけている若い日本人女性が、湯煙の向こうで微笑んでいた。
「ひかるちゃんやマリアちゃんは、こういう所へ行ったことはないのかね?」
「ええ、家族でなら……」
「あたしは無いわ」
「家族以外でなら、誰と行きたいかね?」
ひかるは恥ずかしそうに小さな声を出した。
「大介さんとなら……」
「何、あの堅物の息子とかね?あははは、私がすぐにそんなことは忘れさせてやろう。ぜひ一緒に行きたいものだねぇ」
シュバイラーは左右の手でひかるとマリアを抱き寄せると、頬に素早くキスをした。ひかるは困った表情で顔を赤らめ、マリアは一瞬固まった。
「……あ、あの、日本には他にも色々観光して楽しいところがありますわ、先生」
ひかるが慌ててガイドブックのページをめくった。ところが、開いたページには、さらに大きな露天風呂大浴場で男性と女性が混浴している写真が出ていた。ひかるが意図して開いたわけではないが、問題のページは以前からよく読まれていたらしく、開きやすい状態になっていた。
「おぉ、これじゃよ、これ。日本ではこういうのが普通なんじゃろう?」
「いえ、そんなことは……」
「日本人は内気だから、なかなか本音を言ってくれんなあ……」
シュバイラーはひかるの和服の首筋にかかる髪をそっと撫でた。
「あの、博士、もうすぐ夕食ですし、着替えてこないと……」
ひかるはやんわりと言い、シュバイラーの腕から抜け出した。
「何、もう着替えてしまうのかね?」
「だって、大事な着物なんでしょう?食事の時に汚してしまっては大変ですわ」
ひかるとマリアは揃って書斎を後にした。
● PHASE 4 シュバイラー邸、応接室
「まったくもう、ベタベタしちゃって何よ!」
応接室の扉をばたんと乱暴に閉めるなり、マリアが叫んだ。
「マリアさん、所長の先生なんだし、そんな……」
男性陣は大介と甲児しか居なかったが、ひかるは申し訳なさそうにマリアを止めた。
「どうしたんだい、マリアちゃん」
甲児に訊かれて、マリアはシュバイラーの行動の一部始終を話した。
「宇門のおじさまの先生だっていうから、もっとジェントルマンを想像してたのに、何よあれ、ただのドスケベじゃない!」
「まあまあ……。欧米の男性は、日本人よりはスキンシップを積極的にやるよ。恋人でなくたって頬にキスする位のことは、挨拶代わりだぜ?気にすることないんじゃないかな」
「うーん、甲児が言うのなら、そうかもしれないわね」
マリアが考え込んだ。
「そうだよ。それに、美しい女性を見て口説かないのはとても失礼だ、って考える人も居るぜ」
「じゃあ、あれはシュバイラー博士[[せんせい]]なりの礼儀ってことなのね」
ひかるは納得した。
「だったら、宇門のおじさまは失礼だってこと?私達口説かれたことなんかないわよ?」
「マリアちゃん、日本人はあまりそういうことはしないんだよ……あ、そういえば、最初にここに来たとき、エルザさんが迎えに出たんだけど、所長の最初の挨拶は『相変わらずきれいだねぇ』だったぜ。普段はそんなことを言う人じゃないけど、やっぱりさ、郷に入っては郷に従えってことじゃないかな」
ドアがノックされた。エルザが入ってくる。
「夕食の用意ができました。みなさん、食堂の方へどうぞ」
● PHASE 5 シュバイラー邸、食堂
エルザが料理の腕をふるったので、テーブルいっぱいにご馳走が並ぶことになった。色鮮やかなサラダや、日本のものとは違う濃厚な味のハムやチーズ、肉料理やパスタがたっぷり出されていた。エルザが飲み物を配った。未成年の甲児、ひかる、マリアはジュースだったが、大介は食前酒に小さなグラス一杯のワインをもらった。宇門は、「話がある」とシュバイラーに言われて、シュバイラーの隣に座っていた。
「まあ飲みたまえ。今夜は全部白状してもらうぞ」
大きなグラスに注がれたワインを、宇門は促されるままに飲んだ。お返しにとシュバイラーのグラスにも注ぐ。
「さて、宇門君。そこの美男美女は本当に君の子なのかね?」
そうきたか、と宇門は内心身構えたが、態度には出さなかった。会話がドイツ語であるため、エルザ以外には何を話しているのかバレるおそれはない。
「当然です。特に大介の顔の形は、私にそっくりでしょう?」
実際、若干面長なところが二人は似ていた。
「輪郭が似ていても造り[[パーツ]]の方がな……。で、いつ結婚したのかね?」
「シュバイラー博士ほどの武勇伝をお持ちの方が、こんな弟子の結婚を気になさるとは……」
宇門は笑ってごまかそうとした。
「口が堅いなァ宇門君は。まだ酒が足りないようだな」
シュバイラーに薦められるままに宇門はグラスを空にした。すぐまた注がれる。
「私のつまらない話よりも、博士の恋の遍歴の方をお伺いしたいものですな。私など及びもつきませんから」
「まあまあ、今日の主役は宇門君だぞ。で、相手は誰かね?青い目の息子なら、相手は留学中に密かに付き合った誰かかね?」
「結婚したとは限りません。隠し子ってセンもあるでしょう」
宇門は、もったいぶって胸を張って見せた。
「は、君にそんな器用なマネができるわけがなかろう」
即座にシュバイラーは却下した。
「あー、やっぱりそう思われますか……」
シュバイラーは要するに「手が早い」ことでも有名だった。一方、留学中の宇門には浮いた噂の一つも無かった。それを心配したシュバイラーは、知り合いの女性を何人もたきつけて、宇門とデートさせたのだが、結局どれも実らなかった。女性遍歴はやたらと豊富、同時に女性のうわさ話にもきわめて敏感、こと男女の仲に関する限り、シュバイラーの情報収集能力はKGBやCIAを余裕で上回る、というのが専らの噂だった。その情報網に宇門の恋人の話が一度も引っ掛からなかったのだから、本当に何も無いか、もしくはよほど巧くやったかのどちらかだというのが妥当な結論ということになる。
「で、どうやって知り合ったのかね?相手は誰だ?」
ワインぐらいでは効果がない、と思ったシュバイラーは、三本目のボトルにブランデーを選んだ。ブランデー用の小振りのグラスを出そうとしたエルザを止めて、ワイングラスにどぼどぼと注いだ。共洗いだからさっさと片付けろ、と宇門に飲ませ、さらに二回目の共洗いと称して立て続けに飲ませた。宇門の方もさりげなく同じことをやったから、シュバイラーもほぼ同じペースで飲むことになっていた。
「……世の中、知らない方がいいことだってあります」
宇門はわざとらしく深刻な表情を作って溜息をついた。宇門に結婚相手についていくら訊いても答えそうにないと思ったシュバイラーは、大介とひかるの方を見た。
「ところで、戦いが一段落したら大介君とひかるさんを、私の所に留学させる気はないかね?」
「……は?」
意外な提案に、宇門は一瞬反応が止まった。
「大介君はさぞやモテるだろうなぁ……宇門君に似て堅物でなければの話だが、それでも……」
「何がおっしゃりたいのです?」
「いやね、大介君がこちらでモテまくれば、ひかるさんは嫉妬で心の休まる暇がなくなる。家族とも離れ、ただでさえ心細いというのに。そんな彼女をわしがやさしーく慰めるのだよ。わしのやさしさに触れているうちに、いつしかわしのことを愛している自分に気がつくと……」
「一体何の三流映画を見たんです?有り得ませんな、そんな展開は」
断言して宇門はグラスを一気に空けた。弟子ににべもなく否定されて、シュバイラーは一瞬だけ傷ついた表情をしたが、すぐに立ち直った。
「どうしてそう断言できるのかね?」
「ひかるさんには、娘思いの父上がいらっしゃるのですよ。悪い虫はすべて縛り首にしようとする、実に頼もしい父上が……」
宇門は、テーブルに肘をついて俯いた。
「虫かね、わしは……?」
「他の何だって言うんです?」
ちょっと前までは一歩引いたやりとりをしていた宇門が、今はシュバイラーと対等にやり合っていることは、言葉が理解できないダイザーチームにもわかった。何を話しているのだろうと、食事をあらかた終えた四人は、シュバイラーと宇門を見つめた。
二人の前には、空になったボトルが四本ほど並んでいた。
「言うようになったのう……」
「言わなきゃならんようなことを先生が先におっしゃるからでしょう」
何度目かの乾杯をした後、宇門は音を立ててグラスをテーブルの上に置いた。
「まあ、ひかるさんについては、お父上が居たってきちんと手順を踏めば問題はないだろう。前に君が教えてくれたようにな」
「な……んですって?私が何を……」
シュバイラーに問いただそうとして振り向いた宇門は、そのままシュバイラーに向かって倒れ込んだ。
「宇門君、もう酔ったのか?前からそんなに強い方では無かったが、変わっとらんなあ」
「いや、まだこれ位では……」
宇門はきちんと座り直そうとして、テーブルに手を突いて立ち上がりかけたが、足に力が入らず床に坐りこんでしまった。
「先生!」
ひかるとマリアが慌てて駆け寄った。
ひかるは、宇門と団兵衛が酒を酌み交わしているのを時々見ていた。団兵衛が顔を赤くして眠ってしまっても、宇門の方は見た限り平然としていたし、酔って暴れることも誰かに絡むこともなかった。少し前から宇門は時々怠そうにしていただけで普段と同じに見えていたので、いきなり倒れた姿を見てひかるは驚いた。
「エルザ、寝室に案内してあげなさい」
ひかるとマリアに左右の腕をとられて、宇門は何とか起き上がった。そのまま両脇を支えられほとんど引きずられるようにして、エルザの後に続いた。
「大介、後を頼む……」
大介の傍を通りながら宇門は囁いた。
「この後って、つまりシュバイラー博士の酒に付き合うんですか?」
「違う……秘密を守れ……シュバイラー博士でもだ」
● PHASE 6 シュバイラー邸、寝室1
自力では立ち上がれないほど酔った宇門を、ひかるとマリアは両側から抱えて寝室に運んだ。二人で支えながら、どうにかベッドの上に寝かせる。宇門は目を閉じて眠り込んでしまっていた。
「大丈夫ですか?先生」
ひかるの声に、宇門はわずかに目を開けた。
「大丈夫だ」
ろれつが回っていない。
「このままだと、上衣がしわになってしまうわ。エルザさん、ちょっと手伝って下さる?」
ひかるは、宇門を起こして、正装の上衣を脱がせてハンガーに掛けた。
「少し、服もゆるめた方がいいと思うけど」
エルザに言われて、マリアが宇門のネクタイとシャツのボタンを二つ外した。
「エルザさん、水を持ってきてくださる?」
エルザは出て行き、水差しとコップを持ってすぐに戻ってきた。
「少し様子を見たら戻りますから、エルザさんもお仕事に戻って下さい」
「わかりました」
エルザを見送った後、ひかるとマリアは宇門を起こし、水を飲ませた。
「済みません、迷惑をかける……」
「随分お酒を勧められてましたものね。お苦しいんですか?」
「うん……大したことはない。何かあったら起こしてくれ」
いつ緊急事態になるかわからないのにこれはまずい、と宇門は思ったが、もう体がついていかなかった。
「ドイツ語だからよくわからなかったけど、シュバイラー博士にいろいろ訊かれてたみたいね」
「ひかるさんにもわからなかったんだ。一体何かしら?でも酔わせてしゃべらせようとしたのなら失敗よね」
ひかるは、再び眠ってしまった宇門を見た。
「この分だと朝まで眠っておられるでしょうね。行きましょう、マリアさん」
● PHASE 7 シュバイラー邸、書斎
手早く食事の片付けを終えて、エルザは食後のコーヒーを手に、シュバイラーの書斎を訪れた。
「宇門君はどうしている?」
「相当酔われたようで、ひかるさんとマリアさんに介抱されてますわ」
「あの二人にか。それはうらやま……いや、実に親切な娘さん達だねぇ。あの堅物にはもったいない」
宇門が聞いたら見事に顔をしかめそうな台詞を平然と言って、シュバイラーはコーヒーを口に運んだ。
「でも、とうとう恋愛話は訊けませんでしたね、先生」
「うむ。少し飲ませれば何か言ってくれるかと思っていたが……。惚れた腫れたの話なら一番しやすい筈だし、リラックスさせてやろうとしたんだがなぁ」
「宇門博士のこと、ご心配なんですか?」
「あれは優秀だが変わっとる。世界最大の電波望遠鏡を造って、コスモロジーに殴り込むのかと思いきや、始めたことがSETIだからなァ」
「ベガ星連合軍が攻めてきたのだから、宇宙人実在説を唱えた当時は異端と言われていたとしても、宇門博士はもっと認められてもいいはずですわね」
「立ち回りが下手なんじゃよ」
シュバイラーは言葉を切った。
「せっかく打ち上げた衛星は国防軍に破壊されてスペースアイ計画は白紙に戻ったし、国際会議では侵略者の手先呼ばわりされて集中砲火を浴びとったそうじゃないか。普通、あれだけ酔っ払えば愚痴や泣き言の一つも言うものだぞ?」
「あら、愚痴や泣き言を聞いてあげるつもりだったんですか?」
「当たり前だ!それにな、恋愛は生きる活力の源だぞ。少しは人生を楽しまんといかん。それを全く分かろうとしないのだ昔っから……」
エルザはくすっと笑った。
「先生が愚痴をおっしゃってどうするんです?」
「お、そうじゃった。ひとつ楽しみ方の手本でもあの堅物に見せてやるか」
「見せるといっても……あの様子では、明日の朝になっても、起きられるかどうか怪しいですわ」
「まあいい。せっかくスイスまで来て酔っ払いの介抱をする羽目になったひかるさんとマリアちゃんを労いに行くか……」
「ああ見えて、あの二人は手強いですわよ。先生の手に負えるかしら?」
「なんの!」
シュバイラーは立ち上がった。
「火傷なさらないことを祈ってますわ」
● PHASE 8 シュバイラー邸、応接室
ダイザーチーム四人は、応接室でくつろいでいた。応接室には、何枚も風景画がかけてあった。
「有名な絵なの?」
マリアは部屋を見回した。
「教科書に出てくるほど有名なものではなさそうよ、マリアさん」
画家のサインは入っていたが、ひかるにはよくわからなかった。
「でも、きれいねぇー」
ひかるは、同じ画家が描いた二枚の絵を交互に眺めた。一枚は、手前に森が描かれ、その向こうに湖が、さらに遠くに山が描かれていた。日本の山と違って、氷河に浸食された鋭く切り立った崖が特徴的であった。もう一枚は、山の上から湖と湖畔の森を見下ろしている絵だった。太陽が正面にあるらしく、湖が光を反射する様子が丁寧に描かれていた。
「これ、対になってるのね」
扉が開く音がした。ひかるは振り向いた。シュバイラーが入ってきた。
「おぉ、ひかるさんもその絵を気に入ったかね?」
「ええ、博士」
「美しいだろう……まるでひかるちゃんのようだ……」
「まあ、先生。そう……だといいんですけど」
ひかるはあくまでも控え目だ。
「そうに決まっとる」
シュバイラーは断言した。
「そうだ、この山を越えて森に行ってみたいと思わないかね?一緒にピクニックにでも行ければ、さぞ楽しいだろうなぁ……」
「そうですね、先生。でも、山はとても険しそうだから大変そう。山を見ながらお散歩するのならできそうだけど」
「マリアちゃんはどうじゃ?」
「あたし?あたしはわざわざ行こうとは思わないわ。育った所も山の方だったから見慣れてるし。でもちょっと懐かしいわねー」
「では、ぜひそうしよう」
シュバイラーは意味ありげに目配せした。ひかるとマリアは怪訝な顔を見合わせただけだった。
● PHASE 9 シュバイラー邸、寝室2
「ひかるさん、起きて」
寝室の明かりを消して、しばらくしてからマリアが言った。
「なあに、マリアさん」
寝入りばなを起こされたひかるの声は、間延びしていた。
「何だか良くないことが起こりそうな気がするの」
「ええっ!」
ひかるは飛び起きた。
「それってマリアさんの予知能力?何が起きるっていうの?」
「うーん、はっきりとはわからないんだけど、ひかるさんが襲われるのよ」
「そんな……ベガ星連合軍は昼間撃退したはずだわ」
「でも、とにかくこのままじゃ危険なのよ」
「わかったわ、様子を見ましょう」
二人は、余った毛布を丸めてベッドの上に置き、人が寝ているような形にした。そのまま部屋の隅に行って、カーテンの蔭に身を隠した。
程なく入り口の鍵がかすかな音を立て、静かにドアが開いた。誰かが入り口で様子を窺っている。そのまま忍び足で、ひかるのベッドの方へ近づいた。そっとベッドの上に乗り、手を回した。
---さっきのお約束通り、参りましたよ……。
英語で囁かれた内容は、ひかるやマリアの居るところでは聞こえなかった。
「はっ!」
マリアが気合いとともに飛び出した。身を翻しての回し蹴りが、侵入者の後頭部にクリーンヒットした。ぎゃっと呻いて侵入者はベッドに沈んだ。そのままマリアは背中に飛び乗り、両手を押さえた。
「ひかるさん、足を止めて!」
「わかったわ!」
ひかるがベッドに飛び乗り、侵入者の足に全体重をかけて動けなくした。
「誰か、誰か来てェ---!」
ひかるの叫び声が邸内に響いた。廊下を挟んで向かいの部屋のドアが開いて、大介と甲児が飛び出した。そのまま部屋に走り込む。
「動くな!」
甲児が光線銃を突きつけた。同時に大介が壁にある電灯のスイッチを入れた。
マリアとひかるに、シュバイラー博士が押さえ込まれていた。
「シュバイラー博士……」
甲児がその場で立ちつくした。
「まあ……」
ひかるもマリアも二の句が継げない。大介は最初から絶句したままである。遅れて、ふらつきながら蒼い顔で宇門が入ってきた。
「どうしたんだ?何かあったのか」
ひかるとマリアに組み伏せられているシュバイラーを見て、宇門はその場で凍り付いた。このシチュエーションに至るまでにシュバイラーが何をしたのか想像はついたが、それでも気持ちの方はその想像を懸命に打ち消そうとしていた。
「先生、一体、何をやっておられるんですかっ!」
「おぉ、宇門君。起きたのか?朝まで寝とると思っとったぞ」
状況をまるで意に介さないシュバイラーの言葉に、宇門は頭痛と目眩で倒れそうになった。ひかるとマリアに介抱されて一度は眠ったが、長旅と会議で疲れた体で処理しきれる酒の量ではなかった。三十分ほど前にひどく気持ちが悪くなって目を覚まし、トイレに駆け込んで、やっと少し落ち着いてから出てきたところで、ひかるの叫び声をきいたのだった。
マリアは甲児の手から、光線銃をひったくった。そのままシュバイラーに突きつけ、髪や髭を掴んで引っ張った。
「昼間のニセモノなの?それともホンモノ?正体をあらわしなさいよ!」
「あ、痛、いたたた、そう無理に引っ張るなぁ……」
「ホンモノみたいね。夜中に女の子の部屋に入り込むなんて、一体何考えてるのよ!」
「何って、わしゃ、宇門君に昔教わった通りにやっただけじゃ」
ひかるとマリアは、宇門を冷たい目で見つめた。
「博士、一体何を教えたんです?」
「私は何も……」
「宇門君、それはないだろう?日本では、夜、男性が女性の寝所を訪ねていくのが伝統だと……」
「それは昔の話ですっ!」
叫ぶと息が切れて、宇門は深呼吸を繰り返した。
「まさか、夜這いを本当に実行なさるとは……」
「しちゃいかんのか?」
「先生、それは平安時代の貴族の風習で、今の日本人一般の風習ではありません。第一、いきなり女性に抱きつこうとするなど……」
「じゃあどうすればいいのかね?」
「和歌のやりとりをして承諾をもらってから行くものです」
「和歌にはなっとらんかったかもしれんが、一応は、作法通りに口説いたぞ」
「ええっ?」
宇門は再度固まった。
「ほら、その、山を越えて森に行きたいものだと……自然を女性に見立てて詠むものだと言ってただろう。ちゃんと返事はもらっとる」
「---まあ、呆れた……。あれがそうだったの?」
ひかるが叫び声を上げた。
「しかし、夜這いには失敗したが、こうして組み伏せられるのも悪くはないのう……」
「な、何をおっしゃるんですか先生」
宇門の声はうわずっていた。
「ひかるさんとマリアちゃんはまさに軍神だな。そう簡単になびいてくれないところがまたいい。どうだ、宇門君、二人を暫くここに置いていかんか?この二人をモノにするチャレンジを毎日続けられたら、どれほど生きる力が湧いてきて、研究も進むことか……」
「い、いい歳して何てことを……」
シュバイラーの守備範囲は昔から広かったが、ひかるやマリアの年齢を考えると十分犯罪である。
「モノにされるなんて冗談じゃないわよっ!」
マリアがシュバイラーの髭を思いっきり引っ張った。シュバイラーは悲鳴を上げたが、マリアが引っ張るのをやめた途端に、顔だけ上げて宇門の方を見た。
「宇門君、君が彼女たちをきちんと口説かないから、いつまでも女性としての喜びがわからんのだ」
「あ、あのですね、先生……」
「わしは君と違って、夜の方だって……」
前半に引っ掛かるものを感じないでもなかったが、指揮監督すべきダイザーチームの前、しかも若い女性が二人もいるのに一体どうリアクションすればいいのだ、と宇門は返事に詰まった。だが、マリアの反応は早かった。
「まだそんなこと言ってるのっ!」
マリアの拳がシュバイラーの後頭部に炸裂した。シュバイラーは呻いて枕に顔を埋めた。
「信じられないわね、まったく……」
マリアはベッドから降りた。ひかるも続いた。何気なく部屋の隅の棚を見上げる。赤く光るLEDと目が合った。
「ちょっと、マリアさん、あれを見て!」
ひかるが指さした。置物の蔭に隠すようにして、カメラが設置してあった。マリアは光線銃を向けて引き金を引いた。カメラはばちっと火花を上げて、部品をばらまきながら棚から転がり落ちた。ひかるはカメラの残骸を拾い上げた。見覚えのある形だった。
「これって、ひょっとして宇宙科学研究所[[うち]]のじゃない?」
一目見て宇門は顔を引きつらせ、シュバイラーの方は残念極まりないという表情になった。
研究所には、侵入者に備えて高機能の監視カメラをあちこちに取り付けてあった。可視だけでなく、赤外や紫外まで見ることができる特別仕様のもので、市販はされていない。
「宇門のおじさま、これは一体どういうことです?」
「ま、待てマリアちゃん、話せばわかる。銃をこっちに向けるんじゃない……」
「なぜここにこれがあるんです?所長」
ひかるの低く響く声は、部屋を凍り付かせるのに十分だった。甲児が大介の腕を引っ張りながら、そっと廊下に移動する。ひかるとマリアは、すう、と息を吸い込んだ。
「今すぐここから出ていきなさーい!」
シュバイラーはひかるに髭を掴んでベッドから引きずり下ろされ、宇門はマリアの光線銃に脅されて、揃って部屋から逃げ出した。男性四人の目の前でドアがばたん、と閉まり、中で何か重たいものを引きずる音がした。鍵をかけただけでは安心できないのか、どうやらバリケードを築いているらしかった。
宇門は廊下に座り込んだ。大介と甲児は無言で立っていた。
「やれやれ、せっかくのカメラを壊されてしまった……」
未練たらしくシュバイラーはぼやいた。
「セキュリティシステムを構築するっておっしゃるから、宇宙科学研究所[[うち]]の予備を差し上げたのに……」
「それでは生きる活力が……」
「邪なことを考えて、どうでもいい所に付けたりするから、ズリルの襲撃を察知できなかったんですよ。挙げ句に殺されかかっては、活力どころじゃないでしょう!」
宇門は両手で頭を抱えて踞った。さっきより悪酔いがひどくなった気がした。
「あらあら、やっぱり追い出されちゃったわね」
エルザが静かに歩いてくる。シュバイラーは苦い表情でエルザを見つめた。
「だから手強いってお教えしたのに、博士もいたずらが過ぎますわよ」
シュバイラーは、ふう、と息を吐いて、宇門の脇に跪いた。
「宇門君、わしはまだまだ現役だし、力もある---」
それはもう嫌と言うほどわかっている、と宇門は思ったが、口に出す気力はなかった。
「---だから近いうちにまた国際会議を招集しよう。スペースアイ計画を認めさせるんだ」
「先生……」
宇門はゆっくりと顔を上げた。
「帰ったら次の打ち上げの準備をしたまえ。わしもできるかぎり協力する」
「それはありがたい……助かります」
「どうだ、立てるか?」
宇門は、壁にすがりながら立ち上がった。
「もういたずらもできなくなったことだし、明日の朝までゆっくりお休みくださいね」
エルザに促されて、全員はそれぞれの寝室へと向かった。
● PHASE 10 シュバイラー邸
「まあ、わしも昨夜はいたずらが過ぎたと思っとるよ」
ダイザーチームを見送りに出たシュバイラーは言った。エルザが傍らに付き従った。
「ふうん……やっとわかったの?」
マリアの声はまだ冷たい。
「だから、宇門君に昨日約束した。第二、第三のスペースアイを何としても打ち上げようと……」
「所長もさぞ喜ぶことでしょうね」
ひかるは、あからさまに社交辞令とわかる調子で答えた。
「宇門君の技術は大したものだぞ」
「技術って、覗きの技術のことかしら?」
マリアは両手を腰にあてて、顎をしゃくった。
「とんでもない!軌道ステーション計画を自前でやれるところなどそうそうないぞ。それに、君たちの乗ってきた機体だって宇門君によるものだろう?三百トン近い重量のロボットを戦闘機動させられる機体など、宇門君が造ったもの以外に、地球上には無いはずだ」
シュバイラーの目が輝いた。
「次のスペースアイの打ち上げは、ぜひわしも見てみたいものだ」
案外、悪い人ではないのかもしれない、とひかるもマリアも思った。
「宇門君の設計なら、さぞ機能的で美しいロケットができるだろう……」
シュバイラーはひかるとマリアを交互に見た。
「どうだ、わしのロケットも見たいと……」
「このーっ!」
叫ぶのと同時に、マリアの回し蹴りとひかるのビンタがシュバイラーを襲った。シュバイラーは間一髪でかわして、エルザの後ろに逃げ込んだ。
「もう、知らない!ひかるさん、行きましょ」
スペイザーに向かって駆けていく二人の後ろ姿に向かって、シュバイラーは手を振った。
「元気な娘さん達じゃ、しっかりなーっ!」
● PHASE 11 上空
ダブルスペイザーの後部補助シートに座った宇門の顔色は冴えなかった。甲児は、宇門を気遣って、スペイザーをゆっくりと発進させた。マリンスペイザーとドリルズペイザーからの入電は全くない。
「シュバイラー博士って、本当に元気な人ですね」
「昔からあの調子で振り回されっぱなしなんだよ……」
「所長、本当は何をシュバイラー博士に教えたんです?」
「甲児君まで疑うのかね?」
「いいえ。ただ、ちょっと気になって……」
「『源氏物語』の解説をしただけだよ。日本古来のラブロマンスに何があるかと訊かれたのでね。ただ、うっかり、田舎の方では夜這いの風習が割と最近まで残っていたらしい、などと口を滑らせたのがいけなかったようだ」
「ひかるさんやマリアちゃん、完全に誤解してますよ」
「そうだろうな。少し落ち着いたら本当のことを話しておくよ」
宇門は目を閉じた。
「日本に着くまで、お休みになってください、所長」
宇門が眠ったのを見てから、甲児は無線のスイッチを入れた。ひかるとマリア本当のことを話し、何とか納得させた。
ひかるとマリアは、これを境に、前よりも仲良くなった。ひかるのいざというときの行動力をマリアは気に入り、ひかるはマリアのカンの良さを改めて認めたのだった。
宇門は、ベガ星連合軍の攻撃の無い時は、相変わらず新型のロケットやらエンジンの開発のために走り回るか、研究所に泊まり込んで観測やら大量に溜まったデータ処理やらに没頭するかであった。甲児も一緒に仕事をしていたが、若い甲児にとってもきついほどのワーカホリックぶりであった。宇門がなぜ今に至るまで独身のまま、ただひたすら宇宙の彼方を見つめているのか、シュバイラー邸での出来事を思い出す度に、甲児には何となくわかる気がするのだった。