MISSION 1 接近遭遇 direct contact
● PHASE 1 光子力研究所・コントロールタワー
モニターを見ていた所員がいきなり声を上げた。
「所長、あれを見てください。今までに見たことのない機械獣です」
時々刻々、送られてくる被害状況をチェックしていた弓弦之助は、所員の肩越しにモニターを覗きこんだ。
モニター画面の中で、美しい女性型のシルエットが、炎をバックに立っていた。ドクターヘルが作り出した機械獣は手が何本もあったり、武器が不自然に体から生えていたり、半人半獣の外見を持っていたりといったものばかりだったから、普通の人型[[ヒユーマノイド]]は確かに珍しい。だが、弓は、その形に見覚えがあった。
「あれは……」
弓がその名を口にする前に、ヒューマノイドの腕がロケット噴射で飛んだ。近くのビルに命中し、粉々に粉砕する。
「ロケットパンチ……Zと同じ武器だ。間違いない」
弓はマイクを取った。映像を送り続けるアフロダイAに向かって呼びかける。
「さやか、攻撃するな。アフロダイAのミサイルを喰らってはひとたまりもない」
機械獣に命中する前に撃ち落とされることが多かったとはいえ、アフロダイAのミサイルはそれなりに強力である。
「わけは後で話す。とにかく甲児君に任せるんだ」
弓は通信機のチャンネルを切り替えた。
「甲児君、可能な限り壊さないで捕まえてくれないか?」
「へ?機械獣をですか?」
「今回は多分大丈夫だ。出来るだけ壊さないように持ち帰ってくれ」
「一体どういうことです?所長」
のっそり博士が背伸びして弓の後ろから画面を見つめた。
「あれはミネルバXだ。もともと、マジンガーZのパートナーとして設計されたものだ」
弓は、三博士達を順に見た。
「いつかはこうなることを予想しないでもなかったが……」
● PHASE 2 光子力研究所・一階格納庫
青木ヶ原樹海の原生林を切り開いて作った平地の真ん中に、富士山に似せて作られた光子力研究所の白い外壁が屹立していた。研究棟は外壁の半ばまでの高さの、曲面で囲まれた台形型の建物の内部にあった。この附近の地下から産出するジャパニウムと、それから取り出せるクリーンなエネルギーである光子力を発見した兜十蔵博士は、ジャパニウム合金と光子力の研究開発の拠点にするために光子力研究所を設立した。研究所の運営が軌道に乗った頃、一番弟子であった弓弦之助に所長の地位を譲って十蔵博士は引退し、別荘に引きこもって、密かにマジンガーZという人型の巨大ロボットの製作を開始した。マジンガーZが完成した直後に、かつてのライバルであったドクターヘルに別荘が襲撃され、十蔵は、マジンガーZを孫の兜甲児に譲って息絶えた。以後、ヘルはしばしば機械獣と呼ばれる巨大ロボットを差し向けて研究所ごと超合金Zを奪おうとした。光子力研究所は防衛に立ち上がることになり、同時にマジンガーZの整備の基地としての役割を果たすことになった。
研究所の正面玄関の上方に管制塔がそびえ立ち、ヘルからの襲撃を常時警戒している。建物裏側に太陽炉やジャパニウムの精錬設備のプラントが建設され、排水処理施設まで完備している研究所は、単なる研究拠点だけではなく、最新鋭の設備を誇る工場でもあった。研究所では、もりもり、のっそり、せわしの三博士がブレーン役を務め、多岐にわたる分野の研究者やエンジニアが勤務していた。
その光子力研究所の一階格納庫に、甲児がマジンガーZで抱きかかえて運んできたミネルバXが収容されていた。
「で、連れて帰ってきたのがこれか。確かに、女性型とはいえZの面影があるのう」
せわし博士が鋼鉄の美女を見上げた。
非破壊検査用の設備を動かすレールが櫓を組んでそびえているその脇に、特別な支えも必要とせず、巨人が直立していた。
「でも先生、申し訳ないけど、少しは壊れちゃったみたいですよ。Zが近づくと泣き出すし煙を上げるしで……」
甲児が状況を報告した。
「その程度なら大丈夫だ。修理できるだろう」
「修理って、これをですか?機械獣にしてはずいぶん華奢だし、攻撃もしてこないし、一体これは何なんです?」
「名前はミネルバX。マジンガーZのパートナーになるはずだった。詳しいことは部屋で話そう」
動作を停止した後は自動的に各関節をロック、オートバランサーで直立可能な姿勢をとるシステムは、弓の師、兜十蔵が最初に実用にこぎつけたものだった。
「支え無しで立っていられる間は、故障といっても大したことはない」
ミネルバXの立ち姿の微妙な関節の曲がり具合は、アフロダイAのそれとほとんど同じだった。かつて研究室で共に過ごした師の設計の特徴を、弓は、まぎれもなくそこに見出していた。
● PHASE 3 光子力研究所・応接室
「あれは兜博士が設計なさったロボットだ」
応接室のテーブルをはさんで、弓は、甲児と、娘のさやかに向き合っていた。
「兜博士の別荘が爆破されたとき、何者かによって設計図は持ち去られてしまった。今頃になって実物が現れたということは、あのとき図面を奪ったのもドクターヘルだったに違いない」
「確かにマジンガーZに似ているけれど、パイルダーで合体するわけでもないし、アフロダイAのミサイルで簡単に壊れるようなものなんでしょ。どうしてそんなものを作ろうとしたのかしら?」
訊いたさやかに、弓は答えた。
「兜博士は、マジンガーZにパートナーをつけてやろうと考えられたのだよ。超合金Zで作って、光子力を動力源にしていれば、そこそこ強力なものになったはずだ」
「パートナーにはアフロダイAが居るのに……」
「あれは、私が兜博士の指導のもとに作った地質調査用ロボットの後継機だ。目的が違う」
明らかに不満そうな顔をしたさやかを見て、弓は続けた。
「最初から兜博士はミネルバXを無人運用するつもりでおられた。マジンガーZには操縦席があったが、以前に見せてもらったミネルバXの設計図には、操縦席は無かった。『機械的にも戦闘力が増すとか傷ついた時の救助をするとか、いろいろ有利な点がある』とおっしゃっていた。それだけならば確かにその通りなのだが、当時の私には、兜博士が一体何と戦闘するつもりでおられるのか、さっぱりわからなかった」
「訊かなかったんですか?先生」
「訊こうと思った。ところが、兜博士は『勇ましい豪傑には心をなごませる優しい女性がついているものじゃよ』と笑いながら続けておっしゃった。これも確かに人間であればそういう場合もあるかもしれない。だからといってロボットでそれを実現しようと考えるのは、相当なマニアの発想ではないかと……。まあ、ロボットに感情移入できるところまで、とことんマニアに徹したから、あの途轍もなく素晴らしい研究業績が出せたのかもしれない。ただ、こんな言葉をきいてしまっては、戦闘云々が何かの冗談のように思えてね、訊きそびれてしまった。研究所自体は最初から光子力の平和利用を謳っていたから、そうそう表だって兵器開発の話などできなかったし、もしかしたらもっと上の方から調査でも依頼されたかと思わないでもなかったのだがね」
「ミネルバXはマジンガーZのパートナーだっておっしゃいましたよね」
「そうだ。ミネルバXにはパートナー回路という特殊な装置があるから、操縦者が居なくてもZのパートナーとして動くのだ」
「でも、でも、さっきぼくが近づいたらぶっ倒れちゃったけど、刺激が強すぎたのかな」
弓は、一瞬だが師が目の前に居るのではないかという気がした。ごく自然にロボットを人間のように扱う甲児の態度は、十蔵に通じるものがあった。
「その通りだ。ジャパニウムも光子力も持たないミネルバXは、Zの出す強い波長に耐えられなかった。それで、オーバーヒートして、冷却オイルが目からあふれたんだ。まるで、悪魔に作られた我が身の不幸せを嘆いていたようだった」
どこにどんな負担がかかったかは、もっと詳しく調べてみないとわからない。弓は立ち上がった。
「今日はこれくらいにして、明日から本格的な調査を始めよう」
● PHASE 4 光子力研究所・一階格納庫
甲児とさやかが自室に引き上げたのを見届けてから、弓は一旦所長室に戻った。だが、どうしてもそのまま休む気分にはなれず、眠れそうにも無かったので、台所からウイスキーの瓶とグラスを持ち出し、格納庫へと向かった。
本当なら、まだ酒など飲まない方が良いのは弓にもよくわかっていた。ついこの間、ジェットスクランダーの誘導装置を開発したスミス博士の偽者が研究所に侵入し、弓は、スクランダー格納庫で襲われた。光線銃で撃たれた左上腕部はまだ動かすと痛みがあった。骨には達していなかったが、ビームが通った組織が熱で気化して失われた後の傷は、その深さに比べて出血は少なかったものの、治りが遅かった。
三博士や所員達も居なくなった格納庫のライトは全て消され、常夜灯だけがぼんやりと全体を照らしていた。弓は、ミネルバXと向き合って、グラスの半ばまでウイスキーを注ぎ、そのまま一気に飲み込んだ。強いアルコールが咽に引っ掛かって思わず咳き込んだ。咳がおさまるのを待って、弓はつぶやいた。
「ヘル、貴様一体何を作ったかわかっているのか?」
ヘルは、兜十蔵を強烈にライバル視していた。そのヘルが、十蔵の設計をそのまま踏襲してロボットを作るなど、プライドが許さないはずである。
「そうまでして、ヘル、お前は何を得ようとしたのだ……?」
眠くなるまで、というつもりで飲み始めた弓だったが、考え事をしていると余計に目が冴えてしまった。師の設計したロボットをヘルが作って寄越したという事実に対し、弓はどうしても納得できないものを感じていた。
「これは私が作るはずのものだ。ヘル、貴様になど作らせるつもりは……。師を継いだのはこの私だ」
誰もいない格納庫に弓の声が響いた。ロボットを作って動かしてみることで得られる情報は多い。それが、天才十蔵の設計ともなればなおさらである。
弓は、ミネルバXの足元に近づいて座った。それほど飲んだわけではなかったが、傷を負って調子の出ない体には急に酔いが回ってきて、一度座ると立ち上がるのが億劫だった。弓は、ミネルバXの足にもたれた。背中を通して冷たい金属を感じた。鼓動に合わせて痛み始めた左腕をそっと動かし、ミネルバに触れさせた。冷やすと楽になる。
---熱伝導率も熱容量も超合金Zとは違うな。見込んだ通り、材質はヘルお得意のスーパー鋼鉄か……
弓は目を閉じた。
---徹底的に調べて設計図を再現してやる。何なら私があるべき姿に作りなおしてやってもいい……
明日の調査手順を考えながら、弓はヘルと十蔵の関わりを思い出していた。