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MISSION 3 逆行解析 reverse engineering

● PHASE 1 光子力研究所・一階格納庫

「弓教授、一体こんな所で何をなさっているのです?」
 ミネルバXに寄りかかったままの姿勢で、弓は目を開けた。せわし博士が立っていた。
「何だ、もう朝なのか。つい、いろいろ考えてしまって……」
「こんな所でお休みになられては、疲れがとれませんぞ。それに、こりゃ一体何です?」
 脇に置いてあったウイスキーの瓶とグラスを、せわし博士がめざとく見つけて手に取った。
「どうも、眠れそうになくてね。それで……」
「やれやれ、お嬢さんに見つかったら怒られるでしょうなぁ。まだ、化膿止めの薬をのんでおられるというのに、酒など……傷を悪くしたらどうするんですか」
「飲んだといっても、ほんの少しだけで……」
 ばつが悪そうに言う弓の目の前で、せわし博士は試薬の残量を確かめる目で瓶をチェックした。
「まあ、これは後でこっそり戻しておきましょう」
 せわし博士が瓶とグラスを白衣のポケットに突っ込んだ。
 扉が開いて、もりもり博士とのっそり博士が入ってきた。甲児とさやかが続いた。
「まずは全身の調査からですな」
 せわし博士とのっそり博士が、非破壊検査用の整備塔に飛び乗った。手早く光子力レントゲンの装置の電源を入れる。
「記録を頼みますよ」
「了解」
 せわし博士が光子力レントゲン装置をレールに沿って上下左右に移動させた。ミネルバXの内部構造が映し出される。頭、胸、両腕、と調べた後、腹のあたりのブルーに輝く部品に光線を照射した。
「やはり、材質はスーパー鋼鉄です。構造はマジンガーZとほとんど同じですが……胸のところにZには無い回路がついているようです」
 せわし博士が、モニターを指さした。
「多分、それがパートナー回路だろう。試しに光線の出力を上げてみるんだ」
 弓の指示で、のっそり博士が出力を最大に上げた。途端に、ミネルバXの目が輝き、腕が動いてレントゲン装置を叩き落とした。作業台が破壊される。間一髪で、せわし博士とのっそり博士は作業台から飛び降りて、整備棟のレールにしがみついていた。レントゲン装置は下の弓目がけて落下してくる。甲児に突き飛ばされて、弓はかろうじて直撃を免れた。床に転がった衝撃で、左腕の傷が痛む。思わずうめき声を上げかけて、甲児やさやかに心配をかけまいと歯を食いしばった。
「怪我はないか?」
 一度深呼吸してから弓は博士達に声をかけた。
「大丈夫です」
 揃って博士達が答えた。
「やはりな、あれが彼女の心だ。神とも悪魔ともなる心なのだ」
「さっぱりわかりませんよ、弓教授」
 呟いた弓に向かって、せわし博士が言った。
「コーヒーでも飲みながら検査の結果を検討しよう。ラウンジに来てくれ」
 そういえば朝から何も食べていない。ついでにトーストでも頼むか、と弓は思った。



● PHASE 2 光子力研究所・ラウンジ

「で、そもそも、そのパートナー回路というのは、一体何なんです?」
 ラウンジでくつろぎながらもりもり博士が訊いた。
「もともとは、私が光子力研究所を管理するために開発していた技術だった。光子力研究所を作った時、一度にいろんな研究部門が立ち上がり、測定器やら設備やらが大量に入った。当然不具合も出る。ところが、装置によっては、型番が同じなのに内部で使われている部品が違っていることがあったのだ。そこで、何が使われているかを推定する非破壊検査の技術が必要になった」
 トーストをかじりながら弓は説明を始めた。
「電気回路の動作には、全て特有のノイズが伴う。だから、ノイズを測定して時間・周波数解析してデータベースを作っておくのだ。そうしておけば、別の機器のノイズパターンを測って照合すれば、たちどころに中で何が動いているかわかることになる。私が作ったのは、設備や機械の管理に使うための単なる分析機器だった」
「兜博士は、それをミネルバXの制御に使ったというのですか?」
「そうだ」
「何でまたそんなことを?」
「無人で動く自律型のロボットでマジンガーZを補佐しようと考えたとき、兜博士もまたフレーム問題に直面することになった」
 単純に「Zを補佐しろ」とロボットに命令した場合、補佐の具体的な内容が細部まで決まらない限りロボットは動けない。一緒に何かを持ち上げればいいのか、攻撃をすればいいのか、Zに迫る攻撃の楯になればいいのか、さまざまな可能性がある。人間であればどうすればいいか瞬時に判断できることでも、自律型のロボットは、副次的に起こりそうなことを考慮したり無関係なことは考慮しないようにしたりして、その中で最適なものは何かを探索してから動くことになる。ところが、普通にやったのでは、起こりそうなことも無関係なことも、組み合わせは膨大な数、場合によっては無限大になるため、最適なものを出すには長い時間がかかったり、結局最適なものを決められないということが起きたりして、ロボットが全く動けなくなってしまう。この種の問題をフレーム問題という。
「フレーム問題を回避するためには、何をすべきか探す範囲を最初に絞り込まなければならなかった。そのためには、Zの動きそのものを使うのが最も単純だ。とはいっても、カメラで動きを撮影してZが何をやろうとしているのかを読み取っていたのでは、やはり時間がかかりすぎる。だから、Zのさまざまな動きによって生じるノイズをとらえることで、どうやってZを補佐するか決めることにしたのだ。それがパートナー回路の役割なのだよ。兜博士は、判定にコンピュータを使わず、その代わりパターンに選択的に応答する電子回路を作って、ハードウェアで実現した」
「では、さっきいきなり暴れ始めたのは……」
「パートナー回路に対して、外からZとは関係のない強い信号を入力したからね。自分に対して危害を加えるものだと判断して、自動的に排除しようとしたのだろう。ロボットの判断としてはあまり良くないね。おそらく、パートナー回路に不具合があるのだろう」
「修理してみましょうか」
 もりもり博士が立ち上がった。
「お願いします。回路の壊れている部品を超合金Zのものに置き換えて、冷却系の点検を」



● PHASE 3 光子力研究所・一階格納庫

ミネルバXの修理をもりもり博士に任せて、弓は、久しぶりに自作の雑音測定器を引っ張り出した。今では、所内の装置の管理用には、弓の作ったものではなく市販の簡単な装置が使われていた。しかし、条件を変えて測定をするには、自作の装置を使う方ができることが多い。
 感度を上げるために大きめのアンテナを接続し、測定装置と記録用コンピュータの電源を入れた。せわし博士とのっそり博士は、弓の指示で研究所内の倉庫に部品と取りに行っていたが、やがて戻ってきた。
「言われたものは全部持ってきましたが、一体何をするつもりなんですか?」
 のっそり博士は台車から部品の入った箱を引きずり下ろした。
「パートナー回路の予備を作ってみようと思ってね」
「確かにこれだけあれば十分作れるでしょうけど、今でも動いているのに必要なんですか?」
 せわし博士が部品の入った段ボール箱を開けた。
「装置は作って動かしてみるのが理解への早道だ」
「そりゃまあ、兜博士はいつもそうおっしゃってましたが……」
「それに、今ならもっといいものが作れる」
「どうしてです?」
「開発の時期が時期だからねぇ」
 弓は、格納庫入り口のボタンを押して扉を開け放った。キャスター付きの台に載せた測定器を格納庫から外に運び出した。
「パートナー回路を作った時、おそらく、Zはまだ完成していなかった。兜博士はZを制御する電子回路だけを先に作って、そこからのノイズを元にパートナー回路を設計したのだろう。だが、今ならZが完全に動いている。あれだけのものが動けば、全身からもっと区別しやすいパターンで強いノイズが出る。そちらを使った方が、より完全なパートナー回路になるはずだ」
 弓は、白衣のポケットからヘッドセットを取り出した。頭にはかけず、片手で持ち、マイクを口に近づけた。
「甲児君、Zを動かしてみてくれ。普段の戦いの動きを再現してみてほしいんだ」
「わかりました、先生」
 パイルダーオンしたまま待機していた甲児が、弓の指示通りに、準備された標的を攻撃した。



● PHASE 4 光子力研究所・ラウンジ

測定を終えた弓は、先にラウンジに引き上げて休んでいた。一時間ほど仮眠をとっていたら、三博士達が戻ってきた。
「ミネルバはどうなった?」
 弓は、応接セットの机の上のコーヒーサーバーから、博士達の分を注ぎ分けた。
「パートナー回路の修理は完了しました。テストを兼ねて甲児君がマジンガーZで連れて行きましたよ」
 もりもり博士が答えた。
「ミネルバ本体の調査は終わったのかね?」
「ええ。別の光子力レントゲン装置で前後左右から写真を撮ってあります」
「写真から設計図を起こせそうか?兜博士のオリジナルが奪われてしまった以上、ミネルバXの本体を調べて、改めて図面を引くしか無いのだが……」
「問題ありません。休憩が終わったら、すぐ取りかかりますよ。ただ、ちょっと気がかりなことが……」
「何かあったのですか?」
「ミネルバの構造はZとほとんど同じだったのですが、Zとは違って、制御回路が二重になっていました。Zの操縦席[[パイルダー]]の役割をしているのはパートナー回路の方なのですが……」
 パートナー回路を搭載した以上、制御は全てパートナー回路を介して行うのが自然ではある。
「兜博士のオリジナルでも二重になっていたかどうかまでは、本体を見ただけではよくわからんな。万が一の故障に備えて予備を用意したということもあり得る。ただ、本来ならパートナー回路の故障で自動的に停止するはずだが、そうではなかった。どうやら別の制御回路は取り除いた方が良さそうだが……まあ、もう少し調べてから決めよう」
「しかし、Zと一緒に行かせて大丈夫なんですか?」
「せわし博士、修理は完全に終わったのだからミネルバが暴走することは無いだろう。それに、ミネルバの製作はどうやらヘルの手に余る仕事だったようだ」
「と、申されますと?」
「Zに近づけばヘルの命令をきかなくなると知っていたら、ヘルはパートナー回路など外して寄越したに違いない。しかし、兜博士の設計図に忠実に実装したものがやってきた。ヘルはただ単に図面通りに作ってみただけで、その意味までは理解できなかったに違いない」
「確かに、構造はZと同じですが、細かい部分はパートナー回路によって動かすように変えてあるようでした」
「パートナー回路を外すとなると、変更がミネルバXの全身に及ぶことになる。多分、ヘルはどうしていいかわからなかったから、そのまま作ったのだろう」
 弓はコーヒーを口に含んだ。ゆっくりと飲み込む。
「それに、Zが近寄っただけで本体が壊れるような作り方をしている」
「何と言ってもスーパー鋼鉄製ですからなぁ。超合金Zとはワケが違う」
 のっそり博士が相槌を打った。
「その通りだ。材料を変えたらそれに応じて設計図の方も手直ししなければいけないのだが……超合金Zの性能を前提にして設計された部分がどこなのか、ヘルは押さえ損なったと見える。まあ、今回はヘルが兜博士の設計を十分理解していなかったのが、我々にとって救いだったが……」
 さやかがラウンジに入ってきた。追加のコーヒーをポットごとテーブルに置き、弓に白い紙の薬袋を差し出した。
「お父様、きちんとお薬をのまないと……」
 ミネルバXの調査で忙しく、化膿止めも痛み止めも朝からのむのを忘れていたことに弓は気付いた。少し前から傷が再び痛み始めていた。左腕をかばいながら薬を取り出そうとした弓から、さやかは再び薬袋を取り上げ、一回分の錠剤を弓の掌にそっとのせた。弓は、錠剤を口に放り込んでコーヒーで流し込んだ。
「お父様、ミネルバっていう名前に、何か意味があるんですか?」
「ミネルバはローマ神話に出てくる神様だよ。ギリシャ神話の女神アテナと同一の神で、知恵と戦いを司る女性の神だ」
「だから女性の形に作られたのかしら」
「うむ……。アテナは、アテナはアテナ=グラウコピスGlaucopisの添名を持っている。グラウコピスとは、輝く目、青い目、灰色の目を持つ者と言われているが、その語源から考えると梟の顔をした、という意味になる。また、梟はアテナの使いだとも言われているよ」
「そういえば、パートナー回路が青色に光ってたわ」
「兜博士は、あれを梟の目に見立てたのかもしれない」
「あの形と色で『梟の目』だなんて、何だか由緒ある宝石みたいね」
 さやかは口元で笑った。宝石にしては随分立派だ、第一大き過ぎますなあ、と博士達も笑った。
「ところで、ミネルバXはどうしているの?」
「マジンガーZとロボット同士のデートじゃないかな……」
 聞いた途端にさやかは怒りを露わにした。さやかにこの手の冗談は通じない。弓は慌ててなだめようとした。
「甲児君が……ロボットの方がいいなんて、全くもう、信じられないわ!」
 さやかはラウンジを駆けだして行った。