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マジンガーZ対暗黒大将軍 パロディ編 アウター・ゾーン

裕川 涼






●ACT-- 1 科学要塞研究所

伊豆半島の先端部、駿河湾に面した海上に、メガフロート構造に支えられた科学要塞研究所があった。六角形の土台の上に四角形のビルがあり、さらにその上に八角形の派手なオレンジ色の屋根を持つ巨大な構造物の機能は、一切公にはされていない。陸地とは一本のつり橋でつながっていた。
 すぐ側の、海に向かって切れ落ちた崖には、難破した船が船体の半分を晒して漂着し、脇の海岸では廃屋となった工場が取り壊されることもないまま朽ちつつあった。人の出入りは滅多にない。最上部のレーダーが回転を続けていることだけが、この建物が機能していることを示していた。
 研究所長は兜剣造博士だが、表向きは何年か前に事故で亡くなったことになっていた。従って、この研究所の所有者の情報を知る者は、所内の人間以外には今のところ存在していなかった。
 研究所では、超合金ニューZという軽量・強固な新素材を用いて、グレートマジンガーという人型のロボットが開発され、すでにテストに入っていた。ブレーンコンドルという名の小型のジェット機がロボットの頭部に合体することで、そのまま操縦席になるというコンセプトは、兜剣造博士の父である兜十蔵博士が開発したマジンガーZを踏襲するものであった。光子力エネルギーを主動力として用い、莫大な出力と速度を誇るロボットの操縦者になるには、素質を持った人間がさらに専門のトレーニングを長期間受ける必要がある。このため、兜剣造は、剣鉄也という人材を見いだし、幼少のころからパイロットとして養成していた。さらに、そのパートナーとすべく、炎ジュンという少女も一緒に引き取って、戦闘訓練を施していた。



●ACT-- 2 科学要塞研究所、コントロールタワー

「所長、やっぱり人工的に雲を発生させるのは無理ですよ」
 エレベータの音に、所員Cが振り返った。椅子が取り付けられた台が床の高さで止まり、兜博士が立ち上がる。
「そうか……なら、これまで通りうまく天候を利用するしかないな」
 詰め襟の白衣にサイボーグの体を包んだ兜博士が、所員Cの後ろに立ってディスプレイを眺めた。黒髪に髭を蓄え、額に傷跡の残った顔がディスプレイに映り込んだ。
「秘密裡に訓練するのも、もうそろそろ限界じゃないですかね」
 グレートマジンガーの開発も操縦者の訓練も、極秘のうちに進められていた。飛行訓練だけであれば、太平洋上に設定された試験空域の使用許可とフライトプランの提出で済んでいたが、武器のテストとなると、おおっぴらにはできない。このため、悪天候の時を選んでは、雲に紛れて武器の試験を行っていた。
「いや、もうしばらくは秘密を保たなければならない」
 兜十蔵の同業者のマッドサイエンティスト、ドクターヘルによる攻撃はほぼ終わりに近付きつつあった。だが、次は、遙か昔に地底に潜ったミケーネ人による、地上侵攻の兆しがあった。
「我々の側で完全に迎撃の準備が整うまでは、ここを知られるわけにはいかないのだ。もちろん、グレートマジンガーの存在も」
「レーダーを見ている限り、地上から現れる未確認飛行物体が急増しています」
「おそらく、ここ数日以内に大規模な攻撃が行われるだろう」
 兜博士は腕を組み、海上を眺めた。
「空軍では太刀打ちできん。マジンガーZと光子力研究所は動くだろうが、彼らは敵の正体も規模も十分には知らないはずだ」
「知らせた方がいいんじゃないですか。弓教授や甲児さんは驚くでしょうけど……」
 兜博士のサイボーグ体を見ながら、所員Bが遠慮がちに言った。
「そのつもりだ。やり方を考えてあるので、手の空いている者は三十分後に会議室に集合してくれ」



●ACT-- 3 科学要塞研究所、会議室

「一体これは何ですか?所長」
 会議資料として配られた、分厚い書類ファイルを開けるなり鉄也が言った。声につられて、他の所員達も慌ててファイルを手に取った。長い白髪と髭をなびかせ、ゆったりした衣服をまとって杖を持った老人の絵が目に飛び込んでくる。
「予言者、のつもりだが……」
 兜博士が事も無げに言った。
「これ、所長の絵ですか?ドラフターやCAD以外で描くこともあるんですね。まるでアニメの設定画だ……あ、シナリオとコンテまで付いてる」
 所員Aがページをめくって、顔のアップや全身像を前後左右から描いた絵を眺めた。
「最近出たノストラダムス本の挿絵にそっくりですね」
 オカルトマニアの所員Bがすかさず補足した。
「どっちかっていうと、両手を上げたら目の前で海が二つに割れそうな風情ですが」
 所員Cは、子供に買ってやった絵本の一シーンを思い出していた。
「そんなところに感心している場合かしら?」
 ジュンが、隣の鉄也にだけ聞こえるように、小声でつぶやいた。
「各自の役割は、そのファイルの中に書いてある通りだ」
 所員達が、それぞれの作業を指示された箇所を確認するのを待って、兜博士は続けた。
「シナリオとコンテからわかると思うが、私が予言者に扮して、光子力研究所とその関係者に、危機が迫っていることを伝える。正体を明かさないためにはこれが一番いいだろう」
「ちょっと待ってください。正体を明かしたくないなら、もっと他に方法があるんじゃないですか?」
 鉄也が手を挙げた。
「匿名で電話するとか、警告文を送りつけるとか」
「その手のメッセージは、既に嫌と言うほど光子力研究所に届いている。世の中、暇な奴が多いらしい。もちろん、光子力研究所は相手にもしていない」
「所長の衣装は---私が作るの?まあいいですけど、この顔に仕上げるのはちょっと大変かしら」
 ぱたん、と音を立ててジュンがファイルを閉じた。
「稲妻とともに予言者登場、台詞を言った後、杖をかざすと雲が一気に晴れる……ですか。スペシャルエフェクツ[[SFX]]担当のスタッフなんて、科学要塞研究所[[うち]]には居ませんよ。第一、外の天候を相手にするんじゃ、CGで撮ってあとからごまかす訳にもいかないし」
「グレートマジンガーとビューナスAを使えば可能だ」
 兜博士が所員Cに向かって断言した。鉄也とジュンが思わず顔を見合わせる。
「これまでに、悪天候を利用してグレートマジンガーの訓練をしてきたことを忘れたのかね。今度はもう少し積極的に気象に介入するんだ。D君、向こう数日間の天気予報はどうなってる?」
「はい、気象庁の予報でも我々の観測結果でも、真夏日が続く見込みです。おそらく、向こう何日かは、午後四時頃に雷雲が発生するでしょう」
「早速、今日の午後からリハーサルにかかるぞ」



●ACT-- 4 科学要塞研究所、コントロールタワー

午後三時半。気象庁の予報は見事に的中した。日中の強烈な日差しで上昇気流が発生し、上空の大気は不安定になり、順調に雷雲が発生しつつあった。ドップラーレーダーによる観測結果から得られた雨雲の分布が、付近の地図に重ねて表示されていた。
 すでに、グレートマジンガーは、研究所脇の岬に待機していた。ビューナスAの方は、人工降雨用の薬剤を積んだタンクを抱えて、雷雲の上を飛んでいた。
「所長、雨が降り始めました」
「降雨量をモニターするんだ。ジュン、聞こえるか、薬剤散布開始」
 マイクを取り上げて兜博士が指示を出した。
 水滴の核となる薬剤の霧を後ろにたなびかせながら、雷雲の上を、ビューナスAが旋回した。散布された霧が、ゆっくりと分厚い雲の中に沈み込んでゆく。地上では見る間に雨粒が大きくなり始めた。降雨量を示すモニターの数値が目に見える速度で上がっていく。
「鉄也君、サンダーブレークを上空に向かって撃て」
 グレートマジンガーの手が天を指した。頭部の突起から放電が起きた。指先から電撃が走り、空気をイオン化しながら上空に駆け上る。次の瞬間、その経路を逆にたどって、派手な落雷が起きた。
「いいぞ、鉄也君、その調子だ。落雷のエネルギーを、安全なレベルになるまで解放するんだ。電気の通り道を用意してやるとうまく落ちてくれるものだな」
『グレートがほとんど避雷針みたいになってますが』
「何、心配することはない。落雷の直撃を受けても大丈夫なように作ってある」
『そりゃまあ、計器にも本体にも異常はありませんがね』
 鉄也の声には、スピーカーに断続的に入るノイズがかぶった。
「本体には異常がなくても、無線通信には影響するか」
『所長、まだですか?』
「安全を見込んで放電しておかないとな。本番では私が外に出るんだ。この身体[[ボデイ]]では、落雷の直撃には耐えられん」
「所長、降雨量と放電の状況から見て、雨雲がだいぶ薄くなってきました。人工降雨の実験としては成功の部類じゃないですか」
 レーダーに張り付いていた所員Aが報告した。
「そりゃそうかもしれないけど、一体、科学要塞研究所[[うち]]はいつから気象研究所になったんだか……」
 所員Bが、ぶつぶつ言いながら、あらかじめ用意した気象シミュレータに、今日のリハーサルで得られた測定値を入力していた。次からは、これでさらに精密な雨量と放電の制御ができるはずである。
「E君、フライトプランをオンラインで提出」
 所員Eが、キーボードを叩いて、管制システムにグレートマジンガーの緊急発進を登録した。これをやっておかないと、未確認機とみなされて、空軍が緊急発進[[スクランブル]]してくる。科学要塞研究所も自前の管制機能を持っていたが、研究所の存在自体を秘密にしていたため、管制業務はまだ行っていなかった。
「---通りました、所長」
 管制指揮官[[キヤプ・コム]]名義で戻ってきたメッセージを所員Eが読み上げた。
「よし、そろそろだ。鉄也君、放電はもういいから上空で待機せよ。タイムキーパーは秒読み開始だ」
 グレートマジンガーが、背中の翼を展開しブースターの推力を最大に上げて、急上昇していった。
 演出用の絵コンテを片手に、所員Dがストップウォッチをにらんでいる。兜博士も腕時計を見ながら、シナリオの台詞を読み上げた。普段の気力に満ちた声とは打って変わって、低く濁った声がコントロールルームに響いた。
---間もなく、この世の終わりが来る。墓場から死者が蘇り、そして、全世界に不幸をまき散らすであろう
「縁起でもない台詞だなぁ……」
 所員Aがそっとつぶやいた。
「ミケーネはとっくに滅んで墓の下だと思われてたからな」
 所員Bは、雷雲の画像から目を離さない。兜博士はさらに続けた。
---私はこの世の終わりを告げる者。空と海と陸から暗黒大将軍は襲いかかる。そして全世界の都市を破壊するであろう。この世の終わりはすぐそこまで来ている
 聴衆の反応を確認するかのような間があいた。
---暗黒大将軍に立ち向かえるものは唯一つ、鉄[[くろがね]]の城、マジンガーZだ
 兜博士の拳が上がった。
「今です。鉄也さん、グレートタイフーンを!」
 兜博士の挙動とストップウォッチを交互に見ていた所員Dが合図を送った。みるみる上空が晴れ渡っていく。真夏の日差しがコントロールタワーに差し込んだ。兜博士がわずかに目を細めた。
「Bさん、所長って、学生時代は演劇部だっけ?」
「まさか……芸術に傾倒するようには見えないよ。でも、この声だと、舞台でやってもホールの端まで通るぜ」
「---こう見えても、私の『ハムレット』は好評だったのだぞ」
 振り向きざまに兜博士に言われて、内緒話のつもりでいた所員Aと所員Bが同時に固まった。
「所長の剣劇は舞台映えしそうですよねぇ」
「Bさんそりゃ違う、『ハムレット』は活劇[[アクシヨン]]じゃない……」
 哲学的に思い悩む所長というのは想像しがたいと思いつつも、所員Aは、フォローのつもりで勘違いを口走った所員Bを慌てて止めた。
 兜博士はコンソールからマイクを取った。
「よし、成功だ。研究所に戻りたまえ。あと二、三回は練習する機会もあるだろう」
『了解』
 鉄也とジュンが同時に応答した。



●ACT-- 5 蓼科高原、宇宙科学研究所

長野県、蓼科山の北側斜面。信濃川の支流に面したダムに一体となって、宇宙科学研究所がある。宇宙人実在説を唱える異端の天文学者、宇門源蔵博士を所長に戴くこの民間研究所は、小規模ながらも、天文台兼航空宇宙[[エアロスペース・]]技術工廠[[インダストリー]]の機能を一通り備えていた。宇宙の謎を解き明かすという宇門博士の指揮のもとで、地上および軌道上からの観測、および宇宙へ出るためのロケットや空中発射母機の設計開発と実験が、昼夜を分かたず行われている最前線でもあった。
 巨大な観測ドームの上に、直径五十メートルを超える電波望遠鏡のパラボラアンテナと、通信やレーダー用のアンテナを展開し、深宇宙からの信号を受信しているのが、普段の活動状況だった。研究棟は、地上部分だけではなく、ダムの内部にも作られていた。ダムの底深くには、吹き抜けの巨大なロケット組み立て工場[[VAB]]があった。観測ドームの背後には、紅白の市松模様で塗られたタワーの上にヘリポートが設置されていた。
 このところの真夏日は、避暑地であるはずの蓼科高原をも直撃していた。結果、宇宙科学研究所も、ほとんど毎日、激しい夕立の影響をもろに受けていた。



●ACT-- 6 宇宙科学研究所、観測室

「状況はどうかね」
 明るいグレーの半袖の上着に同じ色のズボンという、ユニフォーム姿の宇門博士が観測室に駆け込んできた。機械工作を伴う作業もしばしばあるため、安全上の理由から、宇宙科学研究所では白衣を使っていない。
「雷雨の影響で、電波望遠鏡の信号がノイズだらけです。一発落ちるたびに、短いのから長いのまで、まとめて電磁波を叩き出してくれますからねぇ」
 山田所員が、ため息をついてコーヒーカップに手を伸ばした。
「まったくこの時期はどうにもならんな」
 ロマンスグレーの髪を短く刈って、髭を蓄えた宇門博士は、いつも通りの表情で鳶色の瞳を窓の外に向けた。観測ドームから見える西の空の彼方に、黒い雲が広がりつつあった。時折、雷の光も見えるが、音はまだ届かない。
「それだけじゃないんですよ。この半年以上……特にここ数日ですが、気象関係のデータがおかしいんですよ。今、そちらに出します」
 レーダーを監視していた林所員が、インカムをつけたまま報告した。
 宇門博士は中央の席に座った。観測ドームの強化ガラスの前面につり下げられたディスプレイは、軌道上の宇宙望遠鏡[[ST]]が捉えた光学画像を映し出していた。それが、日本付近の地図に切り替わった。
「おかしくなっているのは太平洋上の試験空域か」
「そうです。それと伊豆半島付近」
「試験空域の方は、怪しげな飛行物体がややこしいことをしながら飛んでいるのが普通だぞ?それが原因で気象が乱れてもおかしくはないと思うが」
「じゃ、これはどうです?」
 佐伯所員がキーボードを叩いた。
「通信研からもらった落雷予想プログラムと、実際の観測結果を重ねたものです。他の地域はほぼ予想の範囲に入ってるんですが、伊豆のあたりだけ、挙動が違っています」
 移動体通信の中継アンテナは格好の避雷針になる。落雷で壊れた地点を順に追っていけば、落雷が起きやすい場所がどういうパターンで移動していくのかがほぼ正確にわかる。
「何が起きているか、推定することはできるか?」
「宇宙科学研究所[[うち]]の設備を気象観測に振り向ければ、何とかデータはとれますが。マイクロ波からミリ波をカバーするレーダーもありますし、気象研には及びませんがドップラーレーダーもあります。ただ、我々の研究テーマじゃない観測ですからねぇ」
 短期間の天候の悪化は確かに観測に影響するが、悪化を確実に予測する必要はなかった。状況が悪いときは作業を延期すればいいだけであって、作業の中止と開始を精密に決めてもあまり意味がない。
「わかった。出来る範囲でやってみてくれ。他に問題はあるかね?」
「コンピュータの容量の制限くらいですかね。今のところ、莫大な観測データの処理と、探査機や飛行物体の流体力学および熱や構造シミュレーションで、ほとんど使い切ってます。この上、気象関係の大規模計算をするとなると、どれかを削るしかありません」
「化け物じみた演算能力とストレージを用意してもまだ追いつかんか……そういえば、那珂の核研で、マシンタイムが余っていたな?申請してみるといい」
 研究所の上空にまで、雷雲が広がってきた。
「気象は専門外だが、起きている現象は面白いな。報告の価値はあるかもしれない。だが、今は……」
 宇門博士は、コンソール上のレバーを引いた。メインスクリーンが消え、左右に分かれて収納される。天井のスクリーンの灯も同時に落ちた。ドーム上のパラボラアンテナのアームが傾き、アンテナ全体がドームの中に格納された。
「最低限のデータ受信アンテナだけ残して、夕立が去るまで一休みするか。それなりに防御はしているが、アンテナに直撃を喰らったら、後の整備[[メンテ]]に手間がかかるからな」



●ACT-- 7 科学要塞研究所、小会議室

「採寸しますから、白衣を脱いでいただけますか?所長」
 巻き尺[[メジヤー]]を引っ張り出しながらジュンは言った。
「ああ待て、衣装は白衣の上から着るんだ。このまま寸法を決めてくれたまえ」
 兜博士は、ジュンに言われるままに両手をまっすぐ伸ばした。ジュンが、メジャーを当てては外し、数値をノートに書き込んでいく。
「これをほとんど骨と皮の老人に化けさせるなんて、どうすればいいのかしら」
 兜博士の首をメジャーで一周巻いて、ジュンはため息をついた。
「ねぇ所長、いっそ、首から下をそっくり予言者のボディに交換した方が手っ取り早くありません?」
 光子力反応炉の実験中に起きた爆発事故で、兜博士は妻とともにその体を失った。父の兜十蔵博士が、かろうじて無事だった脳だけを、まだ研究中だったサイボーグ体に移し替えたのが今の姿である。顔は、人工皮膚と人工筋肉で生身の頃とほどんど同じに作られていたが、首から下は金属材料が剥き出しになっていた。もとの体格そのままに復元された体は、壮年の体型のままである。
「さすがに今のところ、体のスペアはない。この体自体、十蔵博士が研究中だった試作品だ」
「チップをソケットから引き抜いて交換するようなわけにはいかない、ってことですか」
「脳からの信号で体を制御するとなると、まだ、いろいろ微妙な調整が必要になる。それぞれの人に合わせて作ったものでないとまともには動かない。この体だって、動かすまでに時間も手間もかかったのだ」
 兜博士は両手を降ろした。関節を駆動するサーボモーターの音は、よほど近くで耳を澄まさない限り聞こえない。
「わかりました、メイクで何とかします。いつから始めましょうか」
「明日からでいい。それから、衣装の方を早めに欲しいのだが」
「今晩仕上げておきます」
 可能な限り薄い布を、と兜博士に要求されて、手品師が使うハンカチと同じ素材の布を一巻き買ってきていた。
「杖はどうするんです?」
「所員Dがおもしろがって作っていた。あそこに転がっているよ」
 言われてジュンは部屋の隅を見た。みるからに古風な木の杖が立てかけてあった。ジュンは手に取ってしげしげと眺めた。
「あっきれた……プラスチック製の棒にパテ盛って色付けただけですか。ほんっとに舞台用小道具以外の何物でもないわね」
「杖としての実用的な強度は必要ないし、どうせ一、二回しか使わんのだ」
「遠目にそれらしく見えればいいってことですか」
 ジュンは杖を置いた。
「おおそうだ、忘れるところだった」
 兜博士は、壁に取り付けてあるインターホンのスイッチを入れた。
『はい、こちらコントロールタワー』
「その声は、所員A君か。私が風と共に姿を消すという演出を追加したいので、適当な風と霧を発生する装置を手配してくれ」
『グレートタイフーンじゃだめなんですか?』
「光子力研究所に乗り込んでいって使うんだぞ。大きすぎるし目立ちすぎる。第一、あの風速では私が吹き飛ばされてしまう」
『わかりました。予算はどれくらいで……』
「高く付いてもかまわん。秘密厳守が最優先だ」
 スイッチを切って、兜博士はドアに向かって歩き出した。



●ACT-- 8 科学要塞研究所、小会議室

「ちょっと所長、動かないでください」
 ジュンの苛立った声が会議室に響いた。
「まったく、こんなことならハリウッドから何人かスカウトしてきて欲しかったわ」
 椅子に座った兜博士は、髪の部分と髭の部分をテープで被われていた。さらにその上にクリームが塗りたくられ、着色した樹脂が盛られていく。
「ジュン君、髭の所が……」
「しゃべらないでください、所長。上手く固まらないじゃないですか。それに、元の髭をちゃんと被っておかないと、メイクを落としたときに一緒に抜けちゃいますよ」
 兜博士は、憮然として黙り込んだ。
「ジュンさん、眉毛と髭と鬘はどうします?」
 所員Aが訊いた。
「顔が固まってからくっつけましょう」
「手の方はこんなもんでいいですかね」
 所員Bは、兜博士の金属製の手を樹脂で被って、しわだらけの老人の手を出現させていた。
「Bさん上手い!でも、その、魔女みたいな爪を付けるのは、出る直前にした方がいいと思うわ」
「わかりました。じゃ、手の方は固まるのを待って一応終了ってことで」
 よってたかっていじくり回される兜博士を、鉄也は、会議室の壁にもたれて眺めていた。
「まったく、所長の物好きにも困ったもんだぜ」
 つぶやく声は、作業に忙殺される所員達の耳には入らない。
「鉄也、見て。こんなもんでどうかしら」
 兜博士の座った椅子を回転させて鉄也の方に向ける。やれやれ、という表情で、鉄也は近付いた。机の上に広げられた設定画と、前後左右を見比べる。
「まあ、上手くできているな」
「後は目の部分の処理なんだけど、サングラスのレンズをカットして付けることにしたの」
「ふうん……」
 鉄也はメイクボックスを見た。爪や髭や眉毛と一緒に、小さなプラスチックレンズの小片があった。
「あと三十分位待てば固まるわ。みんなお疲れさん」
 ジュンは、所員達にカップを手渡し、コーヒーを注いでいった。
「---確かに所長にしかできない役だぜ。この季節にこんなメイクを付けたまま数日過ごした日にゃ、体が参っちまう」
 鉄也の言葉に、ジュンがはっとなって顔を上げた。そのまま兜博士のところに歩み寄った。
「所長、ちょっと失礼」
 白衣の上から、兜博士の胸と背中に触れる。
「良かった。過熱はしてないみたいね。所長の熱設計データなんて見たことも無かったから、あまり考えてなかったけど、夏場にこんなものかぶせちゃって大丈夫なのかしら」
「ジュンさん、多分大丈夫ですよ」
「Bさん、データとか設計仕様とか、見たことあるんですか?」
「ありませんけどね、大部分が金属製でしょ。熱伝導はいいはずです」
「それならいいんだけど……」
「兜十蔵博士の設計ですよ。生身の我々よりも、ずっと丈夫に出来てるはずです。まあ、心配なら、サーモグラフで見ておけばいいでしょう」
 ジュンがほっとした表情になった。
「何か忘れてることは無いかしら?」
「空気の噴射装置がまだですね。小型で、場合によっては遠隔操作が必要なので、完成品を手に入れるのがいいかと。一応、心当たりがあるので、明日みんなで出かけてかっぱらってきます」



●ACT-- 9 宇宙科学研究所、地下工場

「所長、観測室にも所長室にもいらっしゃらないから探しましたよ」
「ああ、林君か……」
 作業用の丸椅子に腰掛けたまま、宇門博士は一八〇度くるっと回転して振り向いた。背後に、すでに組上がった大型のロケットブースターが、整備塔[[ドーリー]]を貫いて二基並んでいた。
「何だか浮かない顔ですね。どうしたんです?」
「反動推進[[スラスター]]システム一式、買い取られてしまったよ」
「はぁ?そりゃまたどうして」
 林は、つい数時間前まで、航空機やロケットに組み込むために作られた圧縮空気の噴射装置が置かれていた作業台を見た。タンクもノズルも、制御用の小型コンピュータもスイッチも、見事に無くなっていた。
「見学に来た白衣の三人組が、いきなり譲ってくれと言い出してね。現金を押しつけて運び出して行った。正直、訳が分からんよ。まあ、データは取り終わっていたからかまわないのだが」
「後は解体するだけの試作品を売りつけるなんて、一体いつの間に、そんなに商売が上手くなったんです?」
「特に営業した覚えはない」
 宇門博士は簡潔に答えた。
「で、いくらで売れたんです?」
 林の質問に、宇門博士は、作業台に置かれた大型のアタッシュケースを目で示した。林がケースの蓋を開けた。ぎっしり詰まった一万円の札束に一瞬ぎょっとした表情をしたが、すぐに取り出して数え始めた。
「---所長、これは……」
「何か問題でもあるかね?」
「いえ、札は本物ですし、中身が新聞紙だってこともありません。でもねぇ……」
 数え終わった林が、アタッシュケースの蓋を閉じた。ため息をついて宇門博士の方を見る。
「開発費を計算に入れたとしても、こりゃまた今回はぼったくりましたねぇー、所長」
「私が吹っ掛けたわけではない」
「一体どこのマニアです?まだ実機に組み込んでもいない補助推進システムを買い付けにくるなんて?」
「それだけじゃない。渦を作るにはどうしたらいいかなどと、くだらないことを訊いてきた。少なくとも、我々の同業者ではないだろうな」
 高々度や宇宙空間など、空気のほとんど無いところでパルス的に圧縮空気を打ち出して、反動で姿勢を変えるシステムである。空気はノズルの方向にまっすぐに吹き出すのが基本であった。
「世の中、物好きが居るもんですねぇ。新しいニーズが開拓できるってことはないんですか?」
「相手の調査はしない約束[[こと]]になっている。金額には口止め料も入っているというのが、相手の言い分だったよ」
「まずい所に売っちゃったんじゃないでしょうね?」
 林が眉をひそめた。
「武器になるような代物ではないし、必要な特許は申請済みだ。あれ一つだけ持って行ったところで、実用にはならんだろう」
 林は黙って、ポーカーフェースを保っている宇門博士を見つめ、わずかに首をかしげた。
「ところで、私を呼びに来た理由は何だったかな」
「そうでした、気象観測の結果がまとまったので、見ていただきたくて」
「わかった、すぐに行こう」



●ACT-- 10 科学要塞研究所、管制塔テラス

所員Aから所員Eまでの五人と、鉄也、ジュンを前にして、予言者姿の兜博士が立っていた。月明かりに照らされて、海面のさざ波がきらめいていた。
「じゃあ、鉄也君、手伝ってくれ。まずその上着を着るんだ」
 鉄也が、真っ黒の上着をかぶって、背負子に括り付けられた反動推進システムを背負って後ろに下がった。耐圧ホースが引き出され、先端部分のノズルは兜博士の足下にある。
「じゃあ、合図とともにスイッチを入れるんだ。みんな、準備はいいか?」
 三脚にビデオカメラを取り付け、撮影準備に入った所員Aが頷いた。
「スタート」
 兜博士の声を合図に、足下の数本のノズルから空気が吹き出した。吹き出す直前に色つきの煙が混ざり、小さな竜巻のような形をとる。次の瞬間、兜博士は、予言者の服の袖口から、黒い布を取り出した。布が風に舞うのを利用してかぶり、そのまま身を伏せて後退した。所員達の目には、霧とともに姿がかき消えたように見えた。
「よし、どうだ?」
 兜博士が黒布を取って立ち上がった。
「後から細かくビデオチェックされるとバレるでしょうけど、一回だけならかき消えたように見えますね」
 所員Bが、ビデオを巻き戻して最初から確認した。
「手品師は何回も同じことを繰り返さないものだ」
「何自信持ってんだか……」
 ジュンが思わずこめかみを手で押さえた。
「まあ、手品と違って、舞台の上に箱を置いたり後ろに暗幕を置いたりできないですから、これが限界でしょうね、所長」
 所員Dが、手品の種本をめくっている。
「鉄也君、圧縮空気の方はまだあるかね?」
「まだ十分ですよ。しかしこりゃ一体何です?軽いし、小さなジョイスティック一本で簡単に制御できるし」
「新開発の姿勢制御用の部品だそうですよ。基礎データは押さえたけど、信頼性とか耐久性の試験はまだだって言ってました」
 所員Aが答えた。
「しかし、強引に買い取ったときの、あの所長の顔ったらなかったよなぁ」
 所員Bの一言で、残りの所員たちがげらげらと笑い出した。
「一体君たちはどこでこれを……まさか……」
 予言者姿の兜博士が凍り付いた。
「えーと、蓼科高原の……」
 メイクの裏の兜博士の表情がわからないので、所員Cは思わず口ごもった。
「宇宙科学研究所か……」
 兜博士が頭を抱えて呻いた。
「宇門博士は怒っていなかっただろうな?」
「いえ、特に。こんなものが売れるのなら持って行け、って感じでした」
 所員Aが答えた。
「それならいいんだ。多分、秘密は守ってくださるだろう」
 兜博士はつぶやいた。
「変人だ異端だって噂をこれまでさんざんきいてたんで、一体どういう人かと思ってたんですが、案外普通の人でしたよ」
「宇宙科学研究所[[あそこ]]の電子戦能力は我々をはるかに上回るが、その力をすべて宇宙に向けている」
 兜博士は天を仰いだ。
「悪い人ではないが、興味の持ち方が普通と違うという意味で、極めつけの変人であることは確かだ。しかし、こんなことに反動推進システムが使われていると知ったら、一体どんな反応をなさることか……」
「さっきからさんざんな言われようだけど、今頃くしゃみでもしてるんじゃないかしら、宇門所長は」
 ジュンの言葉は、兜博士に遮られた。
「よし、あと五回は練習するぞ。みんな、ビデオ撮影とチェックを頼む」
「まだやるんですか」
 所員Dがうんざりした表情でため息をついた。
「本番で失敗するわけにはいかん。確実にできるようにしておかないとな」
 後ろで鉄也が顔をしかめたが、何も言葉を発しなかった。



●ACT-- 11 宇宙科学研究所、観測室

「今日も暑い一日になりそうですね。昨日の発表、どうでした?」
 既にコンソールの前に座っていた佐伯が、宇門博士を見て訊いた。
 昨日、都内で開かれた小さな観測報告会で、宇門博士は落雷のパターンが伊豆半島付近で違うという現象を報告した。
「気象研の関係者も来ていたんだがね。人為的なものか自然現象なのか、その場での決着は付かなかったよ」
 コンソールの上のダイヤルを回すと、照準器のようなディスプレイ上をカーソルが移動する。全部が中央に揃うと、宇宙望遠鏡の鮮明な画像がメインスクリーンに表示された。
「私は、おそらく自然現象だろうと言ったのだが。一体どこの世界に雷雲をいじくり回す馬鹿者が居るというのか、全く……」
「所長、そろそろ、ミリ波とX線の観測衛星が視野に入ります。データを降ろしますんで……」
 メルカトル図法で描かれた世界地図を見ながら大井が言った。夜の部分が濃い灰色で示された世界地図の上で、一秒おきに、赤い点、青い点、そして正弦波の表示が切り替わる。赤い点は天文台の、青い点は航空宇宙関連組織の、そして正弦波は地上からモニターしている探査機の軌道と位置に対応していた。
「今日は、他に何かあったかな?」
「二十四時間以内の予定では、ヨーロッパとアメリカから、軌道ステーション用の物資を打ち上げることになってます」
「どこの機関だ?」
「今回はどっちも大手ですよ。ヨーロッパの方は共同開発機構の直轄で、アメリカはNASAです」
「それなら何も心配はいらんな。定期便を届けるだけなら彼らの成功率は九十五パーセント以上だし、もし、しくじっても単独でリカバリーできる」
 マイナー機関や大学や民間企業が軌道上[[うえ]]に物を上げる時は、お互い出来る範囲で協力するのが慣例だった。
「所長、ちょっとこれを聞いてください」
 大井がスイッチを入れた。国営のラジオ放送が観測室に流れる。
『臨時ニュースを申し上げます。突如、空と陸と海から巨大なロボット軍団が出現し、ニューヨーク、パリ、ロンドン、モスクワなどの大都市が壊滅的な打撃を受けました。被害を受けたのは---』
「何事だ、一体?」
「冗談でも訓練でもなさそうですね」
 レーダーから目を離さずに林が言った。
「ロボットか……ドクターヘルにしては随分大盤振る舞いだな」
 これまでに行われたドクターヘルからの攻撃は、一体ないし二体のロボットを光子力研究所の近くに展開するだけで、全世界の主要都市に同時攻撃をかけたことはない。それだけの戦力は無いし、マジンガーZによる撃退が成功していたので、そろそろ死に体だというのが、軍と光子力研究所の公式発表であった。
「攻撃を受けた都市を地図に出してくれ、大井君」
 世界地図に、黄色で表示される点が加わった。天文台や打ち上げ施設は人里離れたところに作られることが多いため、大都市に絞った攻撃ではほとんど被害を受けていない。
「各国とも、打ち上げ施設自体はほぼ無事か……佐伯君、もし我々がバックアップに入ることになった場合の手順を今から何通りか出しておいてくれ。この分だと、承認機関が潰されたり本社が倒壊したりして、現場が動けない組織が続出するはずだ。放っておいたら軌道上[[うえ]]が干上がる」
 正真正銘の緊急事態の発生を認識した宇門博士が指示を出した。
「日本は今のところ大丈夫なんですか?」
「残念ながら山田さん、たった今、領空に向かってくる未確認飛行物体をキャッチした。自動警戒管制[[バツジ]]システムがとんでもない騒ぎになってる。主な空軍基地に緊急発進[[スクランブル]]がかかってるぞ」
 出撃に伴う管制データの更新が集中し、読み取るのが難しい速さでディスプレイ上を流れている。
「ほぼ全軍出動態勢だな」
 宇門博士は首だけ回して林の前のディスプレイを見た。
「マジンガーZが東京で迎撃中ですが、何せ今回は数が多い……っと、光子力研究所に敵機[[ボギー]]が向かっています」
「気になるなら、宇宙望遠鏡の次の周回で地上を観測したまえ。残ってるか消し飛んだかの確認くらい、十分にできる分解能があるはずだ。今ふらふら飛び回っても撃墜されてしまうだけだ」
 宇門博士は断言した。
「最悪の場合、世界中で残った設備を全部寄せ集めて、軌道上[[うえ]]の連中を降ろすことになるかもしれない。覚悟しておくことだ---宇宙[[そら]]でこれ以上死人は出さんぞ。もう十分、事故で仲間を失ってきたからな……」



●ACT-- 12 科学要塞研究所、コントロールタワー

巨大ロボットによる世界主要都市への攻撃の情報は、科学要塞研究所でも同時に受信していた。外から見る限り、普段通りの静かな佇まいの研究所の中では、緊急事態を告げるアナウンスと警報が繰り返されていた。
「とうとう始まったか」
 予言者姿の兜博士がレーダーをにらむ。
「一体いつまでその鬱陶しい予言者の格好をしているつもりなんですか?所長。昨日の夕方で警告は終わったはずでしょう?」
 ジュンが顔をしかめた。
「戦闘の結果次第では、光子力研究所に行くことになる。まだ外せんよ」
 肩をすくめて首を振っているジュンを見て、鉄也が一歩進み出た。
「所長、出撃命令をください。蹴散らしてやります」
「まだ早い」
 兜博士は即答した。
「敵が暗黒大将軍だという情報は流した。立ち向かえるのはマジンガーZだけだと言ってやったから、勝つ気で迎撃に出ておる」
「名前を言っただけじゃ、何の情報にもなってませんよ。それに、マジンガーZが勝てると思ってるんですか?」
「五分五分……よりは少ないか。まあ、攻撃の第一波は刺し違えてでも止めるだろうが」
「所長!」
「敵の技術力を甘く見てはいかん。私は、兜十蔵博士の予想を元に、それなりの余裕を見込んでグレートマジンガーの設計をしたが、敵の性能を測って仕様を決めたわけではない」
 兜博士は小道具の杖を、びしっと鉄也の方に向けた。
「マジンガーZの性能はわかっておる。この際、どこまでやれるか見極めれば、その結果から敵の強さを見積もれる。我々が出撃するのはその後だ」
 味方でも測定用のプローブとしか考えていない兜博士の発言に、鉄也は思わず唾を飲み込んだ。
「わかったら席について、敵の戦力の推定をやっておけ」
 鉄也が操作卓[[コンソール]]前の椅子を引いたのと、所員Aが叫ぶのが同時だった。
「戦闘獣が光子力研究所に向かっています」
「討ち漏らしたか……」
「マジンガーZの迎撃、間に合いません」
 長衣[[トーガ]]を翻して、兜博士はコンソールに近付いた。ボタンを何回か押して、光子力研究所の見取り図を出す。度重なる機械獣の襲撃を受けていたにも関わらず、研究所を守る設備はバリアと電磁波攻撃システムと、研究所の周囲に沿って配置された小型のロケットランチャーだけであった。いずれも対人兵器としてはそれなりの威力があるが、機械獣に対しては、研究所の破壊を多少遅らせる程度の役にしか立っていなかった。
「もうちょっとましな破壊力のある光子力ビーム砲くらい、その気になれば用意出来た筈だがな。十蔵博士に光子力の平和利用を命じられて、それを真面目に守り続け、ろくな武装もしていなかったのが裏目に出たな。弓教授もがんばっておられたが、少々荷が重かったか……」
「光子力研究所の様子もモニターしますか?」
「放っておけ。どのみち地上部分は保たんし、大した強度のないバリアや建造物の破壊から得られる情報など何も無い。それに、ここで逃げ遅れるようなら、これまでだって生き残ってはこなかっただろう。それよりも、マジンガーZと戦闘獣から目を離すな」
 ディプレイの電源を落として、エレベータで降りていく兜博士をジュンが見送った。
「所長は光子力研究所を見殺しにする気なのか……」
 鉄也がつぶやいた。片耳にインカムを付けたままの所員Dが動かしていた両手を止めた。
「そんなことはないでしょう」
「じゃあ、どうして出撃命令を出さないんですか」
「慎重……なんでしょうね。額の傷が残ってるのはご存知でしょう?」
 いきなり別の話題を出されて、鉄也は目を見開いた。
「そう言われてみれば……傷なんて、サイボーグ化したときに消せるはずなのに」
 ジュンは、一昨日、兜博士の顔にあれこれ塗りたくった時のことを思い出した。
「まだ不安定な技術に挑戦した挙げ句の死亡事故でしたからね。正直言って、犠牲者が兜ご夫妻二人だけで済んだ事の方が奇跡的だった。研究施設全部が吹き飛んでても不思議は無かった。甦った剣造博士は、もう二度と同じ失敗はしないと、あの傷をわざと残したそうです」
「それでも、そのあと科学要塞研究所[[ここ]]で、光子力エンジンの開発途中に爆発事故が起きました。死者も負傷者も出てしまった。エンジンは、兜博士自らが図面を引いたものだったので、あの時だけは、見てる我々の方が辛かった」
 所員Eが、両手を頭の後ろに組んで、椅子にもたれる格好で鉄也の方を見た。
「僕たちは、剣造博士が独立して開発を始められた時に、チームに入ってこちらに来たんです。特に、二度目の事故以来、不確定要素を徹底的に潰して、安全を確保するのが兜博士のやり方になっています。戦闘においても、きっと同じなんでしょう」
 所員Cに言われて、再び鉄也はコンソールに向かった。



●ACT-- 13 科学要塞研究所、管制塔テラス

西の空を夕焼けが赤く染めていた。壊滅を免れたとはいえ、まだ東京は炎上を続けていたので、そのあたりだけ上空が妙に暗い。晴れ渡った空に、火災による上昇気流で局地的な雲が発生し、さらに陰惨な雰囲気を醸し出していた。
 兜博士はテラスに立って、海を眺めていた。夕方になって出てきた風が、長衣[[トーガ]]と白髪を軽く揺さぶった。
「光子力研究所が壊滅しました。地上部分だけでしょうけど。怪我人は出ていますが、死亡者はいないようです。マジンガーZは大破しましたが、修理が不可能ではないだろうと」
 ジュンがテラスを歩いてきた。鉄也がその後に続いた。
「そうか。設備やロボットであれば、壊されてもまた作ればいいだけのことだ」
 兜博士は、ふと右手を見た。機械の手の上に、老人の節くれ立った手が見事に表現されていた。
「今夜、光子力研究所に行く。噴射装置を持ってついてきてくれ---あれはなかなかの性能だ」
 予言者の仮面の下で兜博士が笑ったように見えて、鉄也がちょっととぼけた表情をした。
「宇門博士をご存知なのですか?一昨日は何だか頭を抱えておられましたけど?」
 ジュンが兜博士と並んで、テラスの手すりにもたれた。
「専門は全く違うが、若い頃に何度か話をしたことがある。『宇宙が過酷な環境だというなら、たとえサイボーグになってでもあそこを目指す。必ず自分が宇宙の謎を解きあかしたい』と言っておられた。サイバネティック・オーガニズムというのは元々宇宙開発のために提案されたものだから、宇門博士の主張は正しい。一方、その頃の私は『人と一体となって人の力をそのまま高めるためのロボットを開発する』という立場だった。---お互い、研究所を作ってからは会う機会も無いが、装置[[もの]]を見れば相手がわかる」
 はるか上空を、〇・五等星程度の明るさで輝きながら、軌道ステーションが横切っていった。
「結局、宇門博士は生身のままで宇宙を目指し、私はこの体で地球を守る戦いを始めることになった」
 兜博士は、鉄也の方に向き直った。右手を鉄也の肩に置いた。
「徹夜で修理したとしても、マジンガーZの出撃はあと一回が限度だろう。ぎりぎりまで戦闘データを取ってから、グレートマジンガーを出撃させる。確実に勝つためにな」
 兜博士は歩き始めた。
「我々が最後の砦なのだ」
 鉄也とすれ違いざまに残した声が、夕闇の中に散った。

 

---完---
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あとがき(ネタバレ注意)