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絆 2

by Ree


 宇門宅では、珍しくあちらこちらの明かりが煌々と輝いていた。
「確かあのころ君は、まだ大学生になったばかりだったかな?お兄さんの平井君が在籍してる大学院の方に忍び込んでただろう」
「あら、覚えてらっしゃいました? 兄に、どうしてもってお願いして、一緒に先生の講義を受けさせてもらってたんです。先生の講義は本当に楽しかったですわ」
 ダイニングテーブルにはたくさんの料理が並んでいた。
 正面の席には宇門が座り、斜め横に夕子がエプロン姿で座って、二人は懐かしい思い出話に花を咲かせていた。
「うん。いやなかなか相変わらず料理が上手ですな。あの食材からこれだけの物ができるんだからねぇ」
 宇門は久しぶりに家庭の味を味わった気がして上機嫌だった。
「しかし、大介のヤツ遅いな。早く帰るように伝言を頼んだんだが……」
「……」
 夕子は黙り込んでしまった。
 
 キィィー
 大介はバギーを玄関に止め、家を見上げた。
 普段は物静かな建物も、あっちこっち明かりが点いていて今日は楽しそうに見えた。
 (……仕方がない……覚悟して行くか……)
 ふぅ。ため息をつきながら、大介は玄関に入っていた。
「お?やっと帰ってきたようだな」
 (え?)夕子の心臓は飛び跳ねた。
 宇門は席を立ち上がりダイニングルームの扉を開けた。
「大介、遅いぞ!早く帰るようにひかる君に伝言を頼んだんだがな」
 玄関から歩いてくる大介に向かってそういった。
「すみません……父さん。どうしてもやってしまいたい仕事があったので……」
 大介は頭を掻きながら努めて明るく話した。
 ダイニングルームに入るとテーブルにエプロン姿のきれいな女性が座っていた。
 その姿はまさしく父と夫婦であるかのように見えた。
 一瞬目が合ったが、彼女はうつむいてしまった。
「夕子君、紹介しよう。息子の大介だよ」
 宇門は大介の背中を押し、テーブルに着かせた。
「すみません、遅くなりまして……初めまして、大介です」
 夕子は顔を上げ、初めてみる息子にドキドキしながら、初めましてと挨拶をした。
 (こんなに大きな息子さんがいらっしゃるなんて……)
 夕子は何を話したらいいのか言葉が見つからなかった。
「彼女はわしの教え子の平井君の妹さんなんだよ」
「もう15年ほど前になるかな……少しの間だけ大学院の講師を頼まれたことがあってね。そのときの学生が平井君なんだ」
 宇門は当時の事を懐かしそうに思い浮かべ説明した。
「へぇ そうなんですか」
「昨日電話があっただろう。平井君からの電話だったんだが、夕子君が今日、急に遊びに来ることになって、昔話に花を咲かせていたら遅くなってしまってね。結局今日はここに泊まって行くことになったんだよ」
「この料理は彼女が作ってくれたんだよ。凄いだろう。わしやお前では絶対無理だからな」
「あははは!僕はともかく、父さんは全くじゃないですかぁ。しかし凄いですね、こんな料理ができるんだ。じゃ、いただきます」
 大介は箸をとり、テーブルに並んである料理を食べはじめた。
「うん、美味しい。夕子さんは料理が上手なんですね」
 大介に誉められて夕子はありがとうと笑った。
 宇門は、夕子に牧場の事やそこで働いている大介の事をあれこれと話していた。
 夕子は宇門の顔を見ながら楽しそうに微笑んでいた。
 宇門も女性を前にしているせいか、いつもより饒舌だった。
「それはそうと大介、今日昼間、研究所に居たんだね」
「あぁ……いや甲児君に設計図を見てくれって頼まれましてね。一緒に設計室でああでもないこうでもないって……」
「あっ!しまった」
 大介は急に大きな声をあげた。
 ぴくっ!夕子がびっくりして手を止めた。
「あっ!すみません……」
「急にどうしたんだ、大介?」
「いや、すみません……甲児君と約束していたのをすっかり忘れてました」
 といって大介は席を立った。
「夕子さん、ごちそうさまでした」
 と夕子に一礼して、
「父さん、せっかくのところ申し訳ないんですが、ちょっと研究所の方に行ってきます」
 と、宇門にも一言言って大介は足早にダイニングルームを出ていった。
「忙しいヤツだな。少しは夕子君と話をすればいいものを……きっと美人の夕子君を前にして照れてるんだろう……あはは!」
 宇門は声をあげて笑った。
「まっ先生ったら、いやだわ……ふふふ」
 宇門につられて夕子も声をあげて笑った。
「さてと、夕子君。申し訳ないんだが、今日どうしてもやってしまいたいことがあってね。ちょっと書斎で仕事をしたいんだが……」
「ええ、どうぞお仕事してくださいませ。私はゆっくりさせていただきますわ」
 と夕子は微笑み、テーブルの上を片づけはじめた。
 
 研究所に向かいながら、大介はため息をついていた。
 (ふぅ……きれいな人だったな……父さんもまんざらでもない顔してたし……それにしても夕子さんは……多分そうなんだろうな……僕を見てびっくりしてたし……やっぱり僕はまずいだろう……)
 大介は、夕子にとって自分の存在がどれほど嫌な存在なのかわかるような気がした。
 (ここは甲児君に感謝だな……)
 と思いながらバギーのアクセルをふかした。
 
 
 コンコン!……ガチャ!
「ごめん、甲児君。遅くなってしまって……あれ? 甲児君どこへ行ったんだろ?」
 設計室に甲児は居なかった。明かりがついていて、相変わらず設計図は散乱していた。
 (仕方がない。ここで待つとしよう……)
 大介はドラフターの前に座り、甲児が引いている図面を眺めていた。
 ダダダダー!
 誰かが走って来た。
 ガチャッ!
 息せき切って甲児が駆け込んできた。
「あれ?大介さん。来てたんだー」
 誰もいないと思っていたのに、大介が居てびっくりしていた。
「ごめん、ごめん。遅くなっちゃって……」
 大介は甲児にそう言ったが、
「大介さん、見てくれよー。もう一度フォームからやり直したんだ。そしたらうまくいくようになって……」
 甲児は捲し立てるように続けてしゃべった。
「そうなるともう図面引いてるところじゃなくて、実際にシュミレーションしてみたくなっちゃってさ」
「へぇー?」
 大介はあっけにとられていた。
「今さ、佐伯さんに手伝ってもらってコンピュータでシュミレーションパーツを作ってもらってるんだ。佐伯さんってすげーよ。俺だったらあんなにうまくコンピュータ操作出来ないもんなー」
「そりゃコンピュータに関しては佐伯さんの右に出る者はいないからね」
 大介は、佐伯所員が嵐のようにタイピングしている姿を想像した。
 甲児は散乱してある図面を拾い上げ、束にして部屋を出ていこうとしていた。
「あれ?大介さん、なんか用事?」
 甲児はきょとんとした顔をした。
「え?……いや……」
 甲児は約束したことをすっかり忘れているらしい。
「じゃ!」
 甲児は片手をあげて走り去っていった。
 走り出してる甲児君に何を言っても、もう声は届かないだろう。
 あえて大介は何も言わなかった。
 (ははは! 甲児君らしいな……)
 する事がなくなってしまった大介は、仕方なく観測室へ向かった。
 今日の当直は林所員だった。
「林さん、何か異常はありませんか?」
 大介は林に言葉をかけた。
「あぁ……大介君。今のところ静かだよ。ありがたい事だがね」
 レーダーシステムを覗き込み林は応えた。
「本当に静かですねぇ……」
 メインスクリーンを眺めながら大介が話した。
 カタカタカタ……・
 メインコンピュータから定期的に送られてくる観測データを、林は分析しはじめた。
「大介君、何か用事でも?」
 データを見ながら林は大介を振り返った。
「いや、何もありません……じゃ!大変でしょうがよろしくお願いします」
 大介は林に一礼して観測室を後にした。
 
 
 宇門邸に帰った大介は、玄関まで来ていながら躊躇していた。
 (星がきれいだ……散歩でもしてこよう……)
 大介はバギーを停め、川面に向かって歩き出した。
 川縁に寝ころび、大介は満天の星を眺めていた。
 (きれいだ……)
 星を眺めているとフリード星の事が思い浮かんできた。
 今は亡き父や母……友人だった人たちの顔が星空に浮かんでは消えていった。
 そして最後に浮かんできたのは、高らかに笑い声をあげたベガ大王の顔だった。
 バサバサバサー鳥たちが一斉に飛んでいった。
 はっ!大介は飛び起きた。
「うっ!……うう……」
 急に、右腕が痛み出した。
 (……負けるものか……絶対に……負けるものか……)
 大介は、右腕を左手で強く握りそのまま倒れ込んでいた。
 
 しばらくしてやっと腕の痛みが和らいできた。
 よろよろと立ち上がり、大介は自宅へと向かった。
 
 カッ……チッ……
 大介はなるべく音を立てないように慎重に玄関の扉を開けた。
 足音を立てないようにそっと歩き、バスルームへ向かった。
 (冷やせば少しは痛みが治まるだろう……)
 そう思い、冷たいシャワーを右腕に浴びせ続けた。
 10分もそうしていると、腕の感覚がなくなり痛みも消えていった。
 ふぅ……
 右腕をなるべく動かさないようにしながらスエットを着込み、何回か深呼吸してからドアを開けた。
「きゃ!」
 突然夕子の声がした。
 扉のすぐ横に夕子が立っていたのだ。
「あっ! すみません……」
 大介は面食らった。まさか夕子がそこにいるとは思っていなかったのだ。
「いえ……こ・こちらこそ……ごめんなさい……」
 と夕子は目線を下に向け、大介に謝った。
「お風呂いただこうと思って……」
 夕子は大介の顔を見ず、はにかんでいた。
「驚かせてしまってすみません。お先に失礼しました」
 大介はぺこんと頭を下げ、ではおやすみなさいと声をかけ歩き出した。
「あっ……あの……大介さん……」
 はい?と2階に上がる階段に足をあげようとしていた大介が振り返った。
 夕子は下を向いてもじもじしていた。
 大介は夕子の真意を測りかねた。
「何か……?」
 夕子は顔を少し赤らめて言い出しづらい様だった。
 しばしの沈黙の後、あえて大介から話を振った。
「父は書斎ですか?」
「ええ……書斎に入ったきりなんだけど……」
 夕子はどうしていいものか迷っているようだった。
「多分そろそろ一息入れる時間ですね。よければコーヒーでも持っていっていただけませんか?父も喜びますよ」
 大介がそう言うと、夕子の顔がぱっと明るくなった。
 わかりやすい人だ……と大介は思った。
 彼女の真っ直ぐな想いが大介の心臓をちくちくと突き刺していた。
 じゃっおやすみなさいと頭を下げて、大介は足早に自室に向かっていった。
 なるべく夕子の側には居たくなかった。
 自室に入り、ベッドに座ってまたため息をついた。
 右腕がまたキリリと痛み出した。
 (早く寝てしまおう……そうすれば痛みを忘れる……)
 大介は右腕を左手で強く握りしめ、右側を下にして眠りについた。
 夢の中で大介は自分が地獄に堕ちてゆくのを見た。
 (……う……う……)
 目が覚めると右腕の激痛が脳天まで走り、また気が遠くなる。
 何度も何度も同じ夢にうなされ、目が覚めるたび激痛が走り、気が遠くなっていった。
 
 
 チチチ……
 小鳥のさえずる声が聞こえた。
 カーテンの隙間から朝の日差しが差し込んでくる。
 (……ん…… もう・・朝か……)
 大介は起きあがろうとしたが、体がだるい……
 (う……)
 腕の痛みは何とか治まっていたが、しびれて感覚がなく、かろうじて指先が動くだけだった。
 (まずいな……またドクターの世話になるか……)
 コトン。ゲストルームのドアが開く音がした。
 (夕子さんが起きたらしい……)
 ふらつきながらも体を起こし、大丈夫だ……と自分に言い聞かせ立ち上がった。
 動かぬ右腕をかばいながらも服を着替え、そっとドアを開けた。
 パタン……
 ダイニングルームの扉が閉まる音がした。
 大介は気づかれないように静かにそーっと廊下を歩き、表へ出た。
 
 バヒューン バヒューン
 車のエンジン音に気がつき、夕子は外を眺めた。
 大介がバギーで走っていくのが見えた。
 (もう出かけるのね……挨拶もなしに?)
 夕子はそう思いながらも朝食の準備をしていた。
 カチャ
 宇門がワイシャツにノーネクタイで入ってきた。
「おはよう、夕子君。お?いい匂いだね」
「あっ先生、おはようございます」
「すまんね。客人にそんなことをさせてしまって」
 そう言いながらも、ダイニングテーブルの中央に座った。
「ちょっと待ってくださいね、今準備しますから」
 といって夕子はいそいそと支度を続けた。
「かまわんよ、慌てなくても……」
 といって宇門はテーブルに置いてあった新聞を広げた。
「あっ……あの……先ほど大介さんが出かけた様なんですが……」
 と、宇門に問いかけてみた。
「あぁ……多分牧場に行ったんだろう。牧場は朝が早いからね」
 宇門は新聞から目を離さずにそう応えた。
「そうなんですか……」
 夕子はなんだか変な気分だった。
 
 食事が終わって、さてと……と言いながら宇門は立ち上がった。
「わしは研究所の方に行きますから……そうだ、一度牧場の方に行ってみてはいかがですかな?」
「後で大介に迎えに来させましょう」
 そう夕子に話し、夕子は、ええ……そうですね。と微笑んだ。

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